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日曜日 [コラムエッセイ]


「日 曜 日」


今朝は朝から娘をどなりつけてしまった。


起きてくるなり、
不機嫌な物言いをしたので、
つい怒ってしまったのだ。


日曜日は心身ともにリラックスさせ、
翌週のエネルギーを、
補充してあげる日なのだろう。


それをイライラしたり、
不要な心労、体力の消耗をすると、
疲れが取れずに蓄積し、心身に影響する。






一週間という時間のサイクルが、
人の心や身体に対して、
合っているのかどうかはしらないが、

土曜日、日曜日が休みになっている以上、
心や身体のリズム調整を、
その範囲でしなければならないだろう。


私のかみさんはクリスチャンで、
日曜日の午前中は必ず礼拝に行く。

sunday.jpg
画:AcWorksさん


クリスチャンの間では、
日曜日は安息日として位置づけられている。


けじめのある良い習慣だと思う。


詳しく聞いたことはないが、
すごした一週間を感謝し、
翌週に神のご加護を与えたまえと祈り、
感謝するのだろう。


日本人にとって日曜日は単なる休みである。


他の曜日に休むことが許されるなら、
それでも構わないのだろう。


つまり日本人のほとんどは、
日曜日に宗教的な意味あいを
持たないのだから、
他の曜日に休んだところで、
何も不都合はないはずだ。


とはいえ、
キリスト教国でさえ、日曜日を
日本と変わらない感覚ですごしている
若者も多いようだ。


必ずしも教会へ礼拝に行く人ばかりではない。






「毎日が日曜日」、
という言葉が流行したことがある。


定年後、
会社からフリーになった人を
揶揄(やゆ:からかう)して
言ったのかどうか。


私は原作を読んでいないので分からない。


しかし少なくとも毎日が礼拝の日ですよ、
という意味ではなさそうだ。


――日曜日 週に一回 あれば良い――


不景気サラリーマンの偽らざる心境だろう。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
758日目の記事である。

執筆年月日 2000・06・04
ブログアップ日 2017・06・04









【後 述】


この記事は17年前の今日、
丁度2000年の6月4日のことである。

つまり、17年前の今日も
同じ日曜日であったということだ。

今は私もクリスチャンなので、
日曜日は安息日として
教会へ礼拝に行く。

このことが習慣になっているので、
今は日曜日に教会へ行って
この一週間を過ごす力とエネルギーを
日々蓄えてもらっている。

つまり、毎日が礼拝の日なのである。
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