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秋空と天井、どこまでも突き抜けてゆく行き止まりのない青空を見る機会が少なくなった [コラムエッセイ]



本日は良く晴れあがり、
秋空と呼ぶに相応しい
青空だった。


澄み渡った空に、
人間社会の
様々なゴタゴタや
葛藤は似合わない。


大自然は誰のためでもなく、
地球創世から何千年、何万年と
様々な空を作り出している。


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秋空は変わり易いものの
代名詞に使われる。


しかし一年の中で最も深く、
美しい青色の空であることは
間違いない。


それだけに、
急に変化するとギャップは大きい。


昨夜は風雨が強く、
雷まで鳴っていた。


雨が
空気中の埃を吸収して
地面に叩きつけ、
強風が
空いっぱいに広がった
雲を追い払い、

今朝は清々しい青空が
秋を充分に演出していたわけだ。


もうこのまま冬が来ても
誰も文句を言わない、
と思わせるような空の色だった。


しばらく空を見上げていた。


首が頭の重さを
ずっしりと感じ始めたころ、
我に返り、
目を水平に戻した。


ついつい秋は
上を見上げてしまうものだ。


本日はタイトルが決まらず、
しばらく部屋の天井を
見つめてしまった。


いずれにしても、
秋は
上を見上げる季節
なのかもしれない。


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人は思考するとき、
下を向く場合と、
腕組などしながら
上を向く場合とある。


私は上を向いてしまう方だ。


だから昼も夜もで、
首が痛くなってしまった。


天井もむかしと違い、
ススでくすんだりはしていない。


奇麗なものだ。


まして私とかみさんの部屋は、
タバコも吸わないので、
ヤニの付着もなく、
ほとんど汚れていない。


久し振りに見上げる天井も空も、
何か忘れていたものを
見たような気がした。


青空を天井に見立て、
青天井などという。


どこまでも突き抜けてゆく、
行き止まりのない青空を感じる。


そんな気の遠くなるような、
想像を絶したストーリーの
小説を書いてみたい。




私がこの記事をかいたのは、
約14年前のことである。

当時サラリーマンであった
私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
538日目の記事である。

執筆年月日1999・10・28
ブログアップ日2013・11・24





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【後 述】

本日はかみさんと
紅葉を見に出掛けた。

当初はちょっと
遠くへ行こうとしたのだが、
時間の都合で近場を歩いてみた。

意外と近くの景勝を
知らないものだ。

季節は平等に葉を彩っていた。

たまには自分の足元を
再確認するものだな、
と思った。

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勤労感謝の日、この日は休まなくてはならないため疲れを伴う行事はないのだそうだ [コラムエッセイ]



本日は年に一度の、
勤労感謝の日である。


もちろん、
年に一度しかないのであるが、
サラリーマンとしては、
年に4、5回あっても
良いと思うくらいだ。


日本で最大の納税者は、
サラリーマンなのだから、
もっとサラリーマンに
感謝する日があっても良い、
と思うのは私だけだろうか。


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サラリーマンにとって
勤労感謝の日は、
単なる休日にしかすぎない。


サラリーマンに恩恵のある
行事が催されたことなど、
聞いたこともないし、
実際にもないのだろう。


なんとも有り難味のない休日だ。


勤労感謝とは、
常日頃の勤労者にご苦労様、
といって感謝するためなのか、

それとも我々労働者が、
健康で毎日勤労できることに
感謝するためなのか、
定かではない。


かみさんに聞いてみると、

「まず、健康で毎日勤労できることを
 神に感謝します
 (彼女はクリスチャンである)。

 それから家族のために
 働いてくれている人(私だ)に、
 感謝するのです。

 順番は、決して逆では
 ならないのです」、

という。


また、行事がない理由は、
勤労感謝の日は
休まなくてはならないため、
疲れを伴う行事はないのだそうだ。


まあ、なんでも休めれば良いのだ、
とも思える。


休んでも給料がもらえる
サラリーマンこそ、
気楽で旨みのある仕事だ。


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経営者でない限り、
休みの日にポカンとしていても、
次の週を迎えることができる。


従業員のことなど、
ほとんど考えなくてもすむ。


とことん気楽といえば気楽な稼業だった。


そんなサラリーマンでさえ、
昨今は気楽に考えていたら
足を掬われる時代だ。


ならばいっそ、
独立した方が良いではないか。


私にはもう勤労感謝の日も、
祝祭日もない。


ましてや休んだ上に給料など、
一銭も入ってこない世界へと
入って行く。




私がこの記事をかいたのは、
ちょうど15年前のことである。

当時サラリーマンであった
私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
199日目の記事である。

執筆年月日1998・11・23
ブログアップ日2013・11・23





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【後 述】

この時期に
勤労感謝の祝日があるのは
ありがたい。

気候的にも
身体を休めるのに良いシーズンである。

明日は紅葉を見に、
かみさんと出掛けようと思う。

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一流とは、サラリーマンのそれは、社会的見栄がそう言わせる単なる蜃気楼である [コラムエッセイ]



「おまえん会社の
 社員は一流じゃないな」

と社外の人間から言われたら、
いい気がしないものだ。


自分自身、
決して一流と思っていなくてもだ。


面と向かって言われると、
反発すら感じるものだ。


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この身内意識が、
戦後の会社という組織を大きくし、
育ててもきた。


また一方では、
べったりした、
いやらしい組織にしてしまった
遠因でもあるわけだ。


その組織がいま、
音をたてて崩れている。


ほとんど全国の会社が、
ここ10年前後で
経験していることだろう。


バブル崩壊前までの日本では、
一流会社には一流社員がいる、
と勘違いされていた。


何が一流なのか。


もしそれらの一流会社が
ほんとうに一流であるならば、
経営のために首切りはしないだろう、
吸収合併はされないだろう、
倒産はしないだろう。


単なる蜃気楼だったのだ。


一流社員とは、
頭が良く、一を命じたら、
十をやってくれる人たちのこと
であるなら、

上の者が楽になるだけで
上役はいらなくなる。


エキスパートの集団であれば、
会社組織にする必要はなくなるわけだ。


私はサラリーマンに一流はない、
と思う。


サラリーマンが一流になったときは、
もうサラリーマンではないはずだ。


サラリーマンは
大手企業にいようが、
零細企業にいようが、
ただサラリーに違いがあるだけで、
一流、二流というのはない。


サラリーに違いがあれば、
働きに違いがあるのは
あたり前であろう。


穿って言えば、
ただ大きいだけの会社が抱く、
社会的見栄がそう言わせるのであって、
何の根拠もない。


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一歩譲って、
サラリーマンに一流があったとしよう。


しかしそれが何の役にたつだろう。


彼らは独りになって、
何ができるのだろう。




私がこの記事をかいたのは、
約14年前のことである。
当時サラリーマンであった
私が作家を目指して書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
637日目の記事である。

執筆年月日2000・02・04
ブログアップ日2013・11・23





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【 後 述 】

この記事を書いた時と比べると、
一流会社の
ランキングには
かなりの変動が見られる。

しかしこの一流会社の捉え方は
相変わらずであり、
ますます人間疎外が進み、
利害打算の権化になって
いると思うのは
私だけであろうか?

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島倉千代子、歌がうまくなったねと言われたい [コラムエッセイ]


島倉千代子という歌手がいる。


もうすでに60を超えているが、
まだまだ現役のバリバリだ。


彼女は、
40数年間歌い続けている。


そして毎日発声練習をかかしたことはない、
という。


ただ者ではない。


彼女は押しも押されもしない、
歌謡界の女王的存在である。


にも拘わらず、
未だに
「歌がうまくなったね、といわれたい」
という。


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たったそれだけの理由で
練習を続けている謙虚さは、
一種のエバーグリーンだ。


一般人から考えると、
おかしいのではないか、
と思えるほどの意識だろう。


40数年もの間、
ひたすら歌い続け、
さらにうまくなりたい、
まだ目指す域に達していない、
と感じるのは珍しいことではない、
と私は思う。


音楽のみならず、
芸術の世界ではあり得ることだし、
実際にそういう人たちがいた事実も知っている。


しかし、
彼らがやってきたことは、
行き詰まり、
麻薬に走り、
酒に溺れ、
過去の栄光に縋るだけ。


とどの詰まりは自ら命を絶ったりした。


島倉千代子の凄みは、
毎日練習を繰り返すことで、
壁を乗り越えようとしている、
ということだ。


簡単なことではない。


最も難しいことなのかもしれない。


この凄さは、
私にとっては立派な手本である。


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作家であれば、
毎日必ず書くことだ。


基本だ。


どんなに良いアイデアがあっても、
それをまとめなければ、
形にしなければ、
何も残らない。


そんなことを毎日飽きずに、
最期まで続けることができるかどうかが、
島倉千代子になれるかどうかの、
境目になるだろう。


こんな愚鈍とも思えるようなことに
情熱を注ぎ続けられる能力は、
普通では不要かもしれない。


つまり、
通常人が持っている諦めの能力に
欠けている、
と換言することもできる。


私も諦めの能力に欠けているのだろうか。




私がこの記事をかいたのは、
約14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの334日目の記事である。

執筆年月日1999・04・07
ブログアップ日2013・11・22





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【 後 述 】

報道によれば、
臨終の3日前に自宅で新曲を
レコーディングしたという。

その歌声も流れた。

「お千代さん、歌がうまくなったね」

思わずそう言ってしまった。

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たまには寄ってみてください、そんなひとことガタリです [コラムエッセイ]

ひとことガタリ


聞き流してください。


そんなひとことです。


語るというよりも

「ガタル」

というニュアンスですかね。


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中心になる記事は、
15年前に書かせていただいた

「サラリーマン千日解放」

という記事です。


これらの記事を
ほぼそのままアップし、
【後述】にアップした
現在のコメントを
書かせていただきます。


もちろん、
現時点での「ひとこと」も
折に触れて
アップして行きたいと
思っています。


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まあ、少しずつ、
少しずつ書かせてもらいます。


たまには寄ってみてください。


それではまたお会いしましょう。


watamoto


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