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オリジナリティ、軽い気持ちで使えない [コラムエッセイ]



私たちが口にする、
オリジナリティという言葉は、
日常軽い気持ちで使用されている。


この商品はオリジナリティがないな、
とか、
もっとオリジナリティを出さなければ
差別化なんかできないよ、
とかである。


しかしオリジナリティがないと、
作品にもならない創作物を考えるとき、
言葉の重さに日々悩み、
言葉の隠れた厳しさを否応なく発見してしまう。


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創作の苦しみを感じるようになったことは、
それなりに創造を醸造できる下地ができてきたのかな、
と喜んだりもする。


また逆に、
とんでもない職業を天職と感じてしまったものだ、
とも思う。


たしかに楽しくもあるのは事実だ。


作品を生み出す苦しみは、
徐々に私を捉え、
苦楽を表裏一体にしたような境地だ、
・・・・・・といえるほどになれればいいのだが、
まだそんなレベルではない。


思いついたことを、
ただ書き連ねた文章に毛が生えた程度の作品では、
なかなか職業とは成り得ないだろう。


印刷物にして人から金を頂くのであれば、
それ相応の読み物でなければならない。


読者に感動を与え、
読後に何かを残せるようなものでなければ、
賞を獲っても長くは続かないだろう。


文学賞なり新人賞を得ることは、
この世界に入って生活費を稼ぐ手っ取り早い方法だ、
と思っているのはいまも変わらない。


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しかし、
最も大変なのは受賞後だろう。


昨日まで、
賞獲得を大学受験のように考えている節があった。


獲ってしまえば後はしばらく遊んで暮らせるさ、
などと甘い部分がどこかにあった。


そんなに甘いものであれば、
誰もが作家になってしまう。


不況の中で、
敢えて斜陽の分野に入ってゆくわけだから、
想像を絶する厳しさのはずだ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの662日目の記事である。

執筆年月日2000・02・29
ブログアップ日2014・02・28





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【 後 述 】

ほんとうに・・・・・・

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目標、立てるのは今からでも遅くはない [コラムエッセイ]



東洋大学「現代学生百人一首」、
高校生の秀逸作品は
次のような一首であった。


――目標を見つけることが
目標になってしまった18の今――


ある新聞のコラムには、
この作品と入試を結びつけて書いていた。


それもあるだろうが、
もっと根本的な叫びではないだろうか。


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なぜなら、
私も同じ年齢のときに、
まったく同様の思いをしていたからだ。


この年代は総じて精神的に不安定であり、
昨日「白」と考えていたものが、
今日「黒」になり、
明日「灰色」になったりした、
という経験を持っている方も少なくないと思う。


目標が何かわからずに進学して、
卒業して、
就職して・・・・・・
・・・・・・そして、
最も大きな問題は、
そのまま50、60を迎えてしまうことだ。


私などまさしく範疇に入ってしまうだろうが、
幸いにも、50前に目標を見つけることができた。


実年代の人たちは、
社会的にはなんら問題のない、
普通の生活をしている。


サラリーマンの人も、
自由業の人も、
家庭を持ち子供を育て、
責任を果たしているようだ。


しかし、
あなたの人生目標は何か、
または何だったか、
と問われて明確に答えられる人は多くないだろう。


つまりこの一首を作った高校生の心境から、
あまり遠くない位置にいるのではないか。


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生活に追いまくられ、
生きている意味を真剣に考えることなど
青くさくてできない。
とどこかで放棄してしまったのではないか。


それが、
子供を育て上げ、
仕事も取り上げられるころに、
大きな意味を持ってくる。


いまさらと思うかもしれないが、
方向性を失ってしまい、
触覚を取られた昆虫のようにさ迷ってしまう。


ひどい時には死の方行へまっしぐら、
ということにもなりかねない。


決して遅くはない。
今から目標を立てても。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの660日目の記事である。

執筆年月日2000・02・27
ブログアップ日2014・02・27





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【 後 述 】

常に今がスタートだ!

それで未だにスタートだ!

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人ごみ、何しろ疲れるラッシュアワーや雑踏 [コラムエッセイ]



なにしろ疲れるものだ、
人ごみは。


同じ目的で外出しても、
人ごみや雑踏の中ですごす
時間が長ければ長いほど、
疲れが増すように思う。


ラッシュアワーが疲れるのも、
人ごみだからだろう。


先進国の中で、
日本ほど人ごみが多い国も
珍しいのではないか。


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朝は満員電車、
夏の海水浴場はいも洗い、
デパートや安売り店のバーゲン会場は婦人でごった返し、
入学試験場は学生で溢れている。


人が一個所に集中していることもある。


しかし何と言っても、
横並び精神が過剰体質の元凶だろう。


そこに競争が発生していたとしても、
大勢は横並びに固執している。


そういう自分も横並びで生きている。


もどかしさを背中に強く感じながら、
バカバカしい生活から抜けきれない。


人ごみから抜け出すのが
サラリーマンから解放されること、
と言っても過言ではないだろう。


極言すれば
それほどバカバカしい生活に、
私自身がしてしまったのか。


それとも誰が考えても、
ほんとうにバカバカしい生活が、
サラリーマンなのか。


各人の価値観によっても
多少差はあるだろう。


いずれにしても、
30年もこんな生活をすればもうたくさんだ、
ということだけは真実のようだ。


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いつも人込みに身を置いてきた私の皮膚は、
とうとう15年前からアトピーになってしまった。


ストレスを充分に受けてきたのだ。


内臓がやられずに皮膚がやられてしまったのか。


どちらがやられても好ましいことではないが、
ここまでやられる必要があったのか。


何とか千日でサラリーマンを解放しなければ。
と、強く感じている今日このごろだ。


あと一年弱だ。


ほんとうにできるだろうか。


常にそんな気持が頭をもたげる。


でも、
もう人ごみの中に埋没していたくはない。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの696日目の記事である。

執筆年月日2000・04・03
ブログアップ日2014・02・26





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【 後 述 】

とりあえず、
人ごみからは抜け出せました。

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マックのなっとく、日本上陸してから弛まぬ努力のハンバーガー [コラムエッセイ]



マクドナルドが日本に上陸し、
もう30年ほどになるだろうか。


私は2号店だか3号店だった、
横浜松屋に店ができたとき、
そこでアルバイトをした。


スタート時点でハンバーガーが80円だった
と記憶している。


当時はなにしろ物凄い混雑で、
レジスターが何回かパンクした。


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またアルバイトの、
表と裏のすみ分けがハッキリしていた。


表は女性、
裏は基本的には男性だった。


もちろん私は裏でハンバーガーを作っていた。


バンズ(パンの部分)と
ミート(肉)を焼きあげて重ね、
包み紙で包装した。


それを表の女性が保温する場所にストック。


それも3分の命だった。


お客様に一番おいしいものを、
という考えから、
3分すぎたものはウエスと呼んで
販売から外していた。


といっても、
実際には外される暇などないくらい
回転が速かった。


たまに出た場合でも、
我々が休み時間に食べていた憶えがある。


古い記憶を辿っているので、
もし間違いがあったら申し訳ない。


私が言いたいのは、
マクドナルトは、
消費者が納得するように、
常に努力をしている、
ということだ。


私には、
マックのしていることは納得できる。


いま一番元気がいい
企業のひとつでもあろう。


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営業開始当時、
ここまで巨大企業になる
と考えた人は何人いただろうか。


それほど多くはなかった
のではないだろうか。


そこそこ行けると思っていた人が、
大部分だったのでは。


そこそこというのは、
特定の場所に、
全国で数十カ所くらいか、と。


セブンイレブンと同じ感覚で、
一様に驚いたのは私だけではないと思う。


今の規模になってしまえば、
あたり前のことでも、
継続している努力は並大抵ではない。


この継続力こそが、
一番大事なのだろう。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの658日目の記事である。

執筆年月日2000・02・25
ブログアップ日2014・02・25





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【 後 述 】

皮肉なことに今またマックは取沙汰されているが、
私は古巣にエールを送りたい。

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人事を尽くさず幸運を待つ、・・・・・・果たして結果は? [コラムエッセイ]



「人事を尽くして天命を待つ」、
という諺がある。


文字通りの意味だ。


ただ「待つ」という言葉は、
消極的な「待つ」という意味でないのは
衆知であろう。


私も書き始めてから、
そろそろ2年近くになる。


精一杯やってきたつもりである。


しかし人事を尽くしたか、
と問われると疑わしい部分がある。


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計画的に書いたことはなかった。


すべて思いつきで書いていた。


推敲を何回もした作品もあったが、
結果的にはおざなりの推敲でしかなかった。


投稿に急ぎ、
人事を尽くさずして原稿を提出してしまった。


そして、
なにしろ結果を早く出したい一心で、
天命ならぬ幸運を待ってしまった。


私は元来とても短気である。


サラリーマンをやったせいで、
辛抱することも知った。


現在は、
まるでおっとり仮面のように振る舞っている。


まったく逆な私の本質は、
社会慣れしてしまい、
露見することは滅多にない。


それがこんなところで出てしまった。


本来の粗野で短気な性格が、
露になってしまったのだ。


粗っぽく書いて、
結果だけを求める。


反省もしない。


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善し悪しに拘わらず
反省しなければ進歩がない、
と分かっていてもだ。


今年の初め、
何しろがむしゃらに書く、
と考えたのも、
その延長線上にあったことではないか、
と今になって反省している。


これではプロになれないだろう。


精根込めたものを書き、
売れて、
初めて職業作家といえるのではないか。


それには全身全霊をかけ、
筆致を極限まで持ってゆき、
あとの評価は読者に任せる、
という心境にどこまでなれるかだろう。


結果は後から自然についてくる、
と清々しく言えるまでになれるだろうか。


スポーツにも似た、
そんな境地に入りたい。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの663日目の記事である。

執筆年月日2000・03・01
ブログアップ日2014・02・24





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【 後 述 】

ほんとうに・・・・・・

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電話勧誘、作家になりませんかという勧誘はない [コラムエッセイ]



本日ファックスマシンを購入した。


いまのマシンは凄い、
そして安い。


コピーもとれるし、
ハンドスキャナーもついている。


持ち運び、
好きな場所で好きな箇所を記録させ、
家に戻ってからコピーで出すこともできる。


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これは便利だ。


図書館へ行って、
必要な書物の必要な部分をスキャナーでコピーできれば、
かなり重要な武器になる。


また最近多くなっている、
電話による勧誘なども、
留守番電話を利用して聞き分けることができる。


電話勧誘は、
暴力のような一面を持っている。


相手の都合でかけてきて一方的な話をし、
こちらが断ると一方的に切ってしまう。


たしかに不景気であるから、
彼らも必死なのは分かるが、
わが家に土足で入りこまれたような
不快感を憶えるのが、
ほとんどだ。


ましてや早朝や、夜中、
休日などに電話されると怒りさえ感じる。


そしていらぬストレスになってしまう。


留守電にして勧誘を撃退するのではなく、
諦めさせる、
そうすれば変な摩擦は起こらないであろう。


私もむかし、
電話勧誘をしたことがあるので、
かけている人の気持ちも分かる。


さりとて、
いつも相手にしているわけにはいかない。


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いまの電話勧誘は下手だ。


声を聞けばすぐにそれと判ってしまう。


以前、
上手な勧誘者を誉めてやったことがあった。


しかし数分話している内に化けの皮がはがれてしまった。


待ちきれないのだ。


セールスすることばかりで余裕がない。


こんな不景気の時代だから無理もない話だが、
もう少し気持に余裕を持たなければ
うまくいかないだろう。


証券や不動産、広告の掲載、
税金の生かし方等々、
たくさんの勧誘がある。


未だかつて作家になりませんか、
という勧誘だけはない。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの656日目の記事である。

執筆年月日2000・02・23
ブログアップ日2014・02・23





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【 後 述 】

待ってても、
そういう勧誘は来ないだろう。

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異動、転勤・単身赴任よりも良いか [コラムエッセイ]



サラリーマンに異動はつきものである。


通常4月・9月に実施されていたが、
最近は何かしらの形で、
毎月異動を行っている会社が増えている。


全国に支社や営業所を持つ場合は、
異動が転勤の代名詞になっているところも多いだろう。


わが社でも、
ここ10年くらいは異動が頻繁に行われている。


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私は入社以来本社に20年いる。


本社を離れていない人は非常に少ない。


私は、
その中の一人になる。


現在、
購買部という部署に丸8年在籍している。


さすがに長い。


もういい加減に異動したいと思うが、
できれば転勤はしたくない。


転勤となれば単身赴任せざるを得なくなる。


それは根本的に反対なのだ。


そろそろ4月の異動内定時期だ。


噂もちらほらと聞くようになった。


あと1年は大丈夫のようだった。


良いのかどうか。


家庭の事情や、
経済的な面からいえば良かったのだろうが、
長すぎた職場、
という面からは良くない。


先日同僚が、
単身赴任先から、
2年もたたないうちに本社へ戻ってきた。


彼は、
赴任当初は、
自由な気がして良いようなことも言っていたが、
やはり家族は一緒でなければいかんと言って、
さかんに帰還を喜んでいた。


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彼は結果として、
会社の都合で呼び戻されたわけだが、
宮仕えに反論はできないという意味では、
振り回されたという事実は別にして、
今回の運命は甘受すべきかもしれない。


転勤のない会社はあるが、
異動のない会社はないだろう。


いや、あるかもしれない。


ただ私にとっては、
様々な経験が創作に活きてくるような気もするので、
家族全員で動けるのなら、
転勤してもいいかな、
とも思っている。


まあ一番良いのは独立してしまうことだ。


そうすれば、
転勤の悩みは一切なくなる。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの655日目の記事である。

執筆年月日2000・02・22
ブログアップ日2014・02・22





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【 後 述 】

まあ、
どちらにしてもサラリーマンの方は大変だ。

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追従笑いを余儀なくされる、縦関係の慣習はもうやめた方が良い [コラムエッセイ]



サラリーマンは、
ときに追従笑いを余儀なくされることがある。


いつの間にか癖となり、
笑っていても本心からか、
追従なのか、
分からなくなるときがある。


なぜそんな事態になったのだろう。


サラリーマンの縦関係は、
実に独特である。


なぜにそれほど追従をしなければならないのか、
と理不尽に思った経験をしたのは私だけではあるまい。


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サラリーマン社会の、
慣習の中でも、
一、 二を争う悪習になるだろう。


中には追従笑いが染みついてしまった人もいる。


状況から判断して、
追従笑いではないのがはっきりしていても、
その人が笑うと虫ずが走ってしまう。


その人にとっても、
周りの人にとっても不幸である。


そういう人は、
もう心から笑うことはないのだろう。


笑いの本質が、
みえなくなっているのかもしれない。


そのくせ家では、
自分の笑いに家族が追従しないと許せないような、
重症患者かもしれない。


私は寄席が好きで、
学生時代はよく見に行った。


当時はかなりあった演芸場も、
いまでは特定の、
数えるほどの場所でしかみることができなくなった。


テレビの寄席番組も、
時代劇と同じくらい減った。


若手のお笑いタレントは、
シモネタの話が多く、
見てくれだけで、
話術で笑いをとれるような人は少ない。


笑い自体のレベルが低くなっており、
追従であろうが、
なんであろうが、
構わなくなってきているのではないだろうか。


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家に帰り、
娘やかみさんの、
カラカラコロコロ笑う声を聞くと、
ほっとする。


バカ笑いでもいい、
心から涙の出るほど笑うと、
腹も痛くなるがすっきりする。


心からの笑いは余裕だ。


追従笑いはストレスの源にすぎない。


もう止めるべきだ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの654日目の記事である。

執筆年月日2000・02・21
ブログアップ日2014・02・21





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【 後 述 】

笑いは長生きの秘訣でもあるそうな。

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お疲れさま、朝から交わす言葉じゃないでしょう [コラムエッセイ]



私の会社ではよく、
「お疲れさまです」
という挨拶をする。


朝から電話口で、
「お疲れさまです」といわれ、
私は
「これから仕事しなけりゃいけないのに、
 疲れていられるわけないだろう」、
といったことがある。


そんなわけで、
「お疲れさま」
はおかしい、
と社内で物議をかもしたことがあった。


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場所も時もかまわず、
挨拶代わりに使うのはおかしい。


帰り際に投げかける言葉としては、
的を得ているような気もするが、
「さようなら」
とか
「失礼します」
でもいいわけだ。


よく似た言葉に、
「ご苦労様です」
というのがある。


なぜかこういう言葉は、
頻繁に使っていると、
疲れていなくても、
苦労していなくても、
労りの言葉に聞こえてくる。


実際、
「お疲れさま」
にしても、
「ご苦労さま」
にしても、
『気をつけてね』

『ありがとう』
など、
感謝の意味が含まれている場合が多い気がする。


外国語で、
こんなニュアンスで発する言葉があるだろうか。


たぶんないだろう。


日本語の挨拶言葉は文字通りでなかったり、
単独ではまったく意味が通じないものが多い。


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「どうも」
などは典型だろう。


良く言えばオールマイティだが、
時と場合によっては、
これほど相手を馬鹿にした挨拶言葉もない。


口下手な日本人にはうってつけかもしれないが、
軽すぎる。


また、
受け取る方に解釈を押しつけた言葉でもある。


「お疲れさま」
も、
TPOが合えば、
これほどすべてを表している言葉もない。


労りを充分に感じ取ることもできよう。


「どうも」も、
その後に
「ありがとう」など、
その場に合った添え言葉をつけると、
生き生きしてくる。


――どうもお疲れさまでした。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの623日目の記事である。

執筆年月日2000・01・21
ブログアップ日2014・02・20





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【 後 述 】

まだありますね。
「よろしく!」

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図書館、あらゆる記録媒体をネットを通じて貸し出し可能になったら・・・ [コラムエッセイ]



わが家の近くには図書館がない。


車で10分から15分近くかかるところにしかない。


私の市と、
隣の市にあるが、
どちらも同じくらい離れている。


自転車で20~30分かかるだろうか。


私は車を持っていないので、
自転車か歩くしかなくなり、
ついつい足が遠のいてしまう。


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図書館が近くにあったら便利だろうな、
と思う。


調べたいことなどは、
土曜日にでも図書館へ行けばまとめて処理ができる。


そして必要な本も借りることができる。


私は、
元々図書館になど行く方ではないが、
数年前、
娘に連れていかれた図書館は、
本だけでなく様々な媒体を置き、
貸し出しもしていた。


レコード、CD、
カセットテープ、
ビデオテープ等々、
あらゆる記録媒体が閲覧、
貸し出しされていたのだ。


驚いたものだが、
国立図書館などは何十年も前から、
あらゆる記録媒体が、
許される限り貸し出されていた、
と聞いたことがある。


いまの時代は居ながらにして、
インターネットで国際図書館にアクセスすれば、
閲覧は自由にでき、
貸し出しの代わりに、
データを有料で取りこめるようになったり
しているのだろう。


ただ、
市立図書館など身近なところでの、
そんな話は聞いたことがない。


市立図書館が、
同様のサービスを始めたら面白いと思う。


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市民は閲覧も取り込みもすべて無料で、
市外の人へは有料でサービスする。


ビジネスとして成り立つかもしれない。


データの揃え方と、
サービスの仕方次第だろうが。


外では選挙カーが
市会議員候補者を連呼してうるさく走り回っている。


40年以上も変わらぬ選挙の仕方を見ていると、
私の住む市に、
インターネット図書館を望むのは無理なことか。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。

当時サラリーマンであった私が作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの652日目の記事である。

執筆年月日2000・02・19
ブログアップ日2014・02・19





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【 後 述 】

ネットでどれだけ便利になるか、
また様々な問題を引き起こすか、
今の私にはまったく想像もつかない。


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