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徹する、信じ切って押し進むこと [コラムエッセイ]



何事にも徹することが大事だ。


サラリーマンも徹すれば、
それなりにやり甲斐もあれば、
おもしろくもある。


斯界で成功するか否かは、
徹しきれるものを見出せるか否かに
かかっている。


つまり、
明けても暮れても四六時中、
そのことについて、
夢中になれるかどうかだ。


だから、
サラリーマンでもいいわけだ。


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ではなぜ、
私がサラリーマンでは駄目だ、
と思ったのか。


理由はふたつある。


死ぬまではできない、
という理由と、
サラリーマンに徹しきれるものを
見出せなかったからだ。


サラリーマンに徹している人でも、
ある時点で自分で起業でもしない限り、
当然行き詰まってしまうのは
ハッキリしていることだ。


さもなくば、
定年と同時に生きがいを失い、
急速に老け込み、
半分死んだようになってしまうのを
覚悟しているかだ。


――いや君、
趣味というものがあるじゃないか、
徹すれば奥も深いんだよ。
趣味で充分に老後を
過ごせるではないか。――


と、いわれるかも知れない。


しかし、
趣味は飽くまでも趣味だけでしかない。


それこそ趣味を超えない限り、
徹しきったとは言えないのではないか。


私に文才があるのかどうか、
今の私には分からない。


ただ、
もの書きに徹してゆく。


っと死ぬまで徹してゆこう、
と思っている。


もちろんそれだけでは、
才能は磨かれないし、
ましてや銭を稼げるはずもない。


努力あるのみだろう。


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どれだけ才能に恵まれていたとしても、
努力もせずに長く斯界で
活躍を許されるはずがない。


普通の頭をもって、
数年単位で計画し、
努力し徹すれば、
たいていのことは生活ができる
水準には達する、
と私は信じている。


その上の水準がまさに才能であり、
徹するだけでは得られない物であると思う。


天性だ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
115日目の記事である。

執筆年月日1998・08・31
ブログアップ日 2014・08・31





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【後 述】

徹するとは
黙々と、
一切の疑いを持たず
信じ切って押し進むこと
なのかも知れない。

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狭い世界、想像を拡げて大きな広い世界へと旅立とう [コラムエッセイ]



自分の暮らしている世界は意外と狭い、
と最近つくづく感じる。


つきあう人間も限られ、
豊富な話題に取り囲まれているわけでもない。


くる日もくる日も、
同じような仕事に明け暮れている。


海外の営業をしていたときでさえ、
身体こそ世界を駆け巡っていたが、
大きく広い世界だ、
などという感覚はなかった。


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会う人が仕事の関係者だけに限られていた、
ということもあったろう。


小さな業界の繋がりだけで、
つまらない噂話を耳にする機会が多く、
極端に狭く感じたものだ。


要するに、
情報が筒抜けになってしまうのだ。


秘密情報も一般情報も区別がなく、
限られた世界での、
限られた人たちによる、
限られた情報のやりとりしか行われない。


ほんとうは、
もっと広大な世界があるかもしれないのに、
下手をすると永遠に気づきもせず、
終わってしまう恐れすらある。


そんな環境で、
情報のキャッチボールが始まったら、
受け取らず、投げず、
いったん無視してボールを外してみる。


すると、
情報の本質がよく見えてくる。


つまり狭い世界にしてしまっているのは、
他ならぬ自分自身なのだ。


自分が億劫がって努力を惜しんだり、
忙しさにかまけていると、
見える物が見えなくなる。


必然、
世界が小さくみえ、
狭く感じる。


そしてその中で振り回されてしまう。


やはりあらゆる角度から物事を捉え、
偏らない習慣を身につけていないと、
小さな狭い世界の中に埋没してしまう。


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それでもいくつかの作品は書けるだろうが、
作家になろうとするならば、
様々な情報を捨取選択して、
世界を広げる作業を知るべきだ。


人生、
やはり死ぬまで永遠に勉強なのだろう。


作家を生業とする以上は、
広い世界を持たなければならない、
と思っている。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
425日目の記事である。

執筆年月日1999・07・07
ブログアップ日 2014・08・31





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【後 述】

想像を拡げることによって
創造が生まれる。

心を豊かに保ち、
広い器にしておくだけで
素晴らしい拡がりのある
大きな世界へと旅立てるのである。

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文房具、ネット販売が便利だが個人相手に売らない業者もいる [コラムエッセイ]



いま、
文房具がおもしろい。


売り場はカラフルで、
女子中学生や高校生に人気があるのも
さることながら、
100円ショップや、
通信販売のカタログが、
それをあらゆる年齢層に広げる役割を
果たしている。


私もデパートやスーパーの売り場をみたり、
専門店を覗いたりする。


しかし購入は、
通信販売のカタログを利用することが多い。


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パソコンを始めたのがきっかけだった。


まっさきに必要なのが、
プリント用紙だった。


初めのうちは、
会社帰りに文具店でA4用紙500枚(一束)
づつ購入していた。


これが結構重い。


そこで通信販売のカタログを取り寄せ、
購入した。


5束買えば家まで届けてくれるので、
非常に便利だ。


気を良くして、
普通の家では使わない様々な文房具を
購入してしまった。


かなりの枚数を綴じられる大型ホッチキス。


大型の穴あけパンチ。


大型チューブファイル。


その他ペン類、
小物類で〆て数万円。


結構な金額になってしまった。


ここしばらく購入していないので、
そろそろ注文をと、
カタログを見ているところだ。


同じような業者は何社かある。


私が初めて購入した業者は親切で、
サービスも良かったので、
未だにつきあっている。


当初、
業界一番手といわれる会社に連絡し、
カタログをもらおうとした。


当時私はファックスを持っていなかったので
断られた。


ファクスを用意してから願い出たが、
「個人購入です」、
と言ったら再び断られた。


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この会社は、
新聞、雑誌でも脚光を浴びた会社だ。


しかしその実体は、
細かく(個人)、
面倒臭い(ファックスもないような)人
との取引はしたくない、
ということなのだ。


文房具という商品は、
まだ温もりが残っているような
商品だと思うが、
それを扱う業者によっては、
冷たく無機質な物に化す。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
781日目の記事である。

執筆年月日2000・06・27
ブログアップ日 2014・08・31





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【後 述】

偏った層にだけ
サービスをしたり商売をするならば、
紛らわしい広告をせずに
最初からハッキリと
対象者を明示すべきだろう。

それをしないと、断られた者には
その会社のイメージダウンは
このうえないことになる。

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ごますり、よりもすりごまをご賞味あれ [コラムエッセイ]



いまはむかしほど聞かれなくなったが、
サラリーマンといえば必ず出てくるほど、
ごますりという言葉は
切っても切れない関係にあった。


非常に気楽で、
上司にごまさえすっていれば稼業安泰、
ザッツ・サラリーマン、
と揶揄された時代があった。


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実際はそんなに単純ではないが、
サラリーマン稼業、
そういう面もあるのは否めない。


しかしごますりも芸の内、
といえば芸の内だ。


上司の感情の機微を上手にとらえ、
自分をうまく売り込む能力とも言える。


上司を取引先や得意先に置き換えて、
ごますりテクニックを発揮すると、
ごますりではなく商売人という評価になる。


私にはとても迎合的な行為はできない。


ごまをするどころか、
ふざけんなよ、
いい加減にしろ、
と喧嘩になってしまうのがおちだ。


私はごますり男にも、
商売人にもなれないのかもしれない。


仕事を進めていく上で、
感情的なもつれを防ぐ潤滑油、
もしくは接着剤的な役割を果たすのは、
ごますりとは違う性質の行為だ。


その境界線が非常に難しい。


判断は十人十色で、
人によってどこまでがごますりで、
どこまでが潤滑油的な行為なのか、
見分け方が違う。


いずれにしても、
ごますりの芸当も、
現代ではかなり高度な処世テクニックになる
のではないか。


つまり、
単純なアプローチでは
上司もひっかからないし、
不勉強ではすぐボロが出てしまう。


そして、
いまや上司だけではなく部下に対しても、
ごますりともいえる行為をしなくては
ならないご時世になっている。


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こサラリーマンを解放されても、
人間同士のつながりで生きてゆくには、
少なからず似たようなことがあるだろう。


少なくとも作品にだけは反映させたくない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
114日目の記事である。

執筆年月日1998・08・30
ブログアップ日 2014・08・30





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【後 述】

ごますりは
やり方によっては
身体によくないが、
すりごまは
身体にとてもいいですぞ。

是非、ご賞味あれ。

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糟糠(そうこう)の妻、立身出世の後にも追い出すことなかれ [コラムエッセイ]



いまどき、
存在するのだろうか。


糟糠(そうこう)の妻とは、
生活に困窮しているときから連れ添って、
苦労を共にしてきた妻のことだ。


夫の立身出世の後にも、
家から追い出してはならない、
とも言われている。


ここ半年近く話題を振りまいてきた、
プロ野球監督の奥方。


あんなにでしゃばりすぎていなければ、
突如あらわになった監督の不倫で、
糟糠の妻として
皆から同情が集まっていたかもしれない。


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しかし、
あれでは不倫されるのも無理がないな、
と思われてしまう。


まあ、
人から同情を受けるような女性でないことは、
誰の目からみても明らかになってしまった。


彼女は糟糠の妻からはほど遠いか。


また、
ある雑誌がいまをときめく
歌手・タレントである男性の、
永すぎた春を報じた。


相手の女性は、
世に出るまでの長い間彼を支えてきたという。


タイトルも糟糠の妻……云々となっていた。


「かす」とか、
「ぬか」などといっても、
私たちでさえ最近はあまりそんな物をみない。


「かす」は、
奈良漬や甘酒などに使われる、
酒糟が思い出せるていど。


「ぬか」は、
それこそ糠漬けの新香くらいか。


ずいぶんと古臭くなってしまった言葉だ。


なぜそんな言葉が使用されるのか。


時代と共に言葉も変わっている。


しかし時代に合った言葉がみつからない
こともある。


そのひとつが、
「糟糠の妻」か。


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現実にそんな女性はほとんどいないだろう。


いたとしても、
新しい言葉を使って、
現代風に言い表せないからなのか。


それにしてもぬかみそ臭く、
めったに聞かれない言葉である。


同士(同志でも良い)妻とか、
盟妻(めいさい)とか、
これも古臭いか。


なかなか現代にぴったりした言葉など、
出てこないものだ。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
479日目の記事である。

執筆年月日1999・08・30
ブログアップ日 2014・08・30





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【後 述】

夫の立身出世の後にも
家から追い出してはならない、
とも言われているこの妻を、
追い出したかは分からぬが、
別れてしまった人も
この15年の間には何人かおられたようだ。

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日々これエッセイなり、一日二枚、一日一生 [コラムエッセイ]



いよいよ私も異動になるのか。


今日、
海外工場から一時帰国した人の歓迎会があり、
私も出席した。


そこである幹部から、
私を工場長に推薦する話が出た。


サラリーマンにとって、
酒席での話は結構真実味があると言っていい。


特に人事の話は、
実現性が高いように思う。


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異動するにしても、
たぶん来年の春ごろになると思うが、
ちょうど
「サラリーマン千日解放」
が終了するころだ。


それまでに解放が実現しているだろうか。


現状ではかなりきつい。


まだなにひとつ賞を獲得していないばかりか、
一度も活字にさえなっていない。


ましてや突然大賞などとれるはずもないし。


遠くへ異動になったらどうしよう、
と思う。


もし海外工場なら、
辞職する以外ないかもしれない。


アトピー疾患のこともあるが、
家族が離れ離れになるのは、
私のポリシーからいっても
拒否せざるを得ない。


国内と海外では雲泥の差だ。


よほど条件が揃わない限り、
家族で動くには無理がある。


いずれにしても、
サラリーマンの単身赴任は
あまり勧められない。


自分が住みたい場所であれば
考えようもあるが、
そんな場所になかなか工場や、
事務所があるわけもない。


もし海外赴任にでもなったら、
作家になるスケジュールも
かなりくるってくるだろう。


ただ揺るがないのは、
どんな境遇になろうとも、
書き続けようとする気持ちだ。


このエッセイが終わったら、
すぐ次の執筆に入ろうと思っている。


題名は、
「日々これエッセイなり」
とでもしようか。


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やはり物書きのエッセイは、
日々書くことであろう。


いままでと同様に、
一日原稿用紙二枚分書いて、
タイトルも同じものにならないよう、
管理してゆくつもりだ。


もう、
そのうちにではなく、
少しでも早く、
作家になるよう心がけなくてはならない。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
845日目の記事である。

執筆年月日2000・08・30
ブログアップ日 2014・08・30





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【後 述】

結局、
海外赴任はせずに済みました。

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趣味、何でもいいからひとつ持とう [コラムエッセイ]



サラリーマンは、
食い扶持である会社勤めを中心に
生活が成り立っている。


これはいたしかたのないことではある。


しかしそんな中で、
潤いを持たせるためか、
ストレスを解消するためか、
脱サラするためか、
さまざまな理由で
趣味と称するものを持っている。


酒や麻雀が趣味だと言って、
家族から見放されている者もいれば、
「趣味は軟派だ」とうそぶいて
結婚から見放されている者もいる。


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絵画を趣味に絵筆を握り、
ゴルフを趣味にクラブを、
金を握る。


マイク片手のカラオケ趣味や、
本を片手の読書趣味。


仕事が趣味でもいいではないか、
と休みも働く人がいると思えば、
趣味が多くて疲れるよ、
と会社で休息している人もいる。


何が趣味だか分からぬが、
家でゴロ寝が趣味かもね、
趣味がなければいけないの?


なくても何も困らない、
そういう人たちもいる。


人は十人十色というように、
趣味もさまざまである。


趣味を究めて職業に転じる場合もある。


かたや趣味が道楽になると、
もう趣もなくなる。


私が物書きになるというのは、
趣味でも道楽でもない。


今のサラリーマンに代わる仕事として
考えている。


孤独でそれほど儲からない大変な職業だろう。


しかし燃えるような情熱を持ち、
飽くなき継続努力さえすれば何とかなる。


という信念を強く持っている。


今の時代、
私が定年退職を迎えるころに
まともな職などないだろう。


ならば今から物書きの職に応募できるよう、
練習をしておかなければならない。


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応募先は、
各雑誌の新人賞などたくさんある。


履歴作りのため
『サラリーマン千日解放』
執筆中に、
何作かは賞と呼べるものを獲得する必要が
あるかもしれない。


毎日、趣味でもない文章作りを始めたのは、
自由な精神で仕事をし、
自活が可能ならばそれに勝るものはない、
と思ったからだ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
5日目の記事である。

執筆年月日1998・05・13
ブログアップ日 2014・08・29





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【後 述】

趣味だらけになって
一本に絞り込めなくなってしまうと
何一つとして
究められなくなってしまいますぞ。

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代休、とって当たり前がどこまで貫けるか [コラムエッセイ]



久し振りに、
私は明日月曜日を代休にした。


夏休み期間中、
プロジェクトで合宿をしたときの代休、
ということになる。


私共の年代(49:今64)にとって、
暦、もしくは会社で決められた
休日スケジュール以外に休むのは、
何となく抵抗がある。


歴とした公の理由があるにも拘わらずだ。


案の定、
上役は釈然としていないようすだった。


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よく、
職場でも聞かれるが、
上が休みを取ってくれないと、
下が休みづらいとか、
上が夜いつまでも仕事をしていると、
下がなかなか帰りにくいとか、
言う。


私も最初はそう思っていたが、
何のことはない。


部下たちは上が遅くまでいても、
休まずにやっていても、
関係なく結構自分のペースでやっている。


適当に休暇も取るし、
残業も必要に応じてやっているようだ。


どちらにしても最近は、
ただ単に我々世代が、
上下に気を遣っているだけだ、
と思うようになった。


もちろん性格にもよるだろうが、
皆勤賞を誉れにした時代の人と、
登校拒否という
言葉が生まれた時代の人とでは、
休むという意識が違ってあたり前だ。


代休といえばおおっぴらに休める意識自体が、
休むことに対する抵抗が大きい証拠
なのかもしれない。


有給休暇を取る部下に対して、
私はできるだけ鷹揚に処理してきたつもりだ。


しかし上司に報告すると、
受けこたえが堅くみえてしまうのは、
同年代である故か。


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2年で最大累計
40日の年次有給休暇を取ると、
会社によっては週休3日となる。


しかし現実に
そんな休み方をしている人はいないだろう。


だったら、
現実からかけ離れた法律など
廃止したらいいと思うのだが。


それもできないところに、
いまの日本経済、
政治、会社組織の、
ほんとうの改革などできない、
と思わせるものが潜んでいる。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
478日目の記事である。

執筆年月日1999・08・29
ブログアップ日 2014・08・29




【関連記事】
有給があるのに休めない、 休みたいけど、 みんなが休める社会をどう作るか でNHKフカヨミでは……



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【後 述】

大企業は
ある程度改善されたかもしれないが、
中小企業や零細企業にとっては、
改悪の有給休暇制度である。

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あまのじゃく、いまの実力主義や成果主義には反発をおぼえる [コラムエッセイ]



仕事は、
まず結果ありき。


私は、
結果が98%だと思っていた。


100%だと思わなかったのが、
良かったか悪かったか。


また、
ビジネスに情緒を挟み込んではいけない
とも思っていた。


そんな考えから、
結果100%のダイレクトセールスなども
やることができた。


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しかし近頃の、
猫も杓子も
成果主義や実力主義を標榜するのには、
強い反発を覚える。


選りによって、
社会の風潮に乗っているところが、
とてつもなくいやらしい。


私の会社も例外ではない。


いまさかんに皆が口を揃えて言っている。


なぜだ、
つい最近まで
結構いい加減にやってきた連中までが。


言えるに値する実績をあげている人なら
問題ないが、
リーダー気取りで自分の実績を棚に上げ、
口先だけ動かしても人は動かない。


私はあまのじゃくなのかもしれない。


そういう本流に乗れないのだ。


よく考えてみると、
昔からそんなところがあった。


しかし社会人として、
本流に乗った方が処世しやすいのは
明白だった。


次第に慣れ、
しばらく前まではどうでもよくなり、
本流の端に乗っていた。


でもここへきて、
やはり本音が頭をもたげた。


いまのままではただ定年を迎え、
何の達成感もなく
鬼籍に入ってしまうという恐れだ。


これは、
私を書かせる理由のひとつでもある。


サラリーマンとして
達成感を感じられる人はいい。


感じられない人は、
いまここで決心だけは
しておく必要があるだろう。


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あまのじゃくな生き方も、
上手にやらないと
社会から排除されてしまうか、
犯罪者にもなりかねない。


それでは元も子もない。


そうならない知恵だけは
つけておく必要がある。


どんなことでもいい。


もう一度基本をしっかり固めることだ。


そして、
あまのじゃくを貫き通し、
がっちりとした自信の持てる基盤を
いまから作るべきだ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
775日目の記事である。

執筆年月日2000・06・21
ブログアップ日 2014・08・29





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【後 述】

それでも
まだまだ日本は
実力主義とか成果主義が
徹底されているとは
言えないだろう。

最近は
法的にそれを煽ろうとする
動きがあるが、
これは非常に危険なことである。

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素振り、絶え間なく続ける [コラムエッセイ]



野球で名だたるバッターは、
人知れず素振りの練習をした。


というような逸話は、
よく耳にする話であるが、
現役で選手を続けるなら、
しごく当然のことだろう。


同様に、
私が作家になると決めてから、
毎日ひたすら書き続けているのは、
野球の素振りといっしょだ。


書き続けることによって、
書く習慣を身につけようとし、
常に自分の文を磨き上げようとし、
創造力の停滞を防ごうとしている。


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物事にはやってみなくては分からない、
ということは結構あるもので、
書くこともそのひとつかな、
と最近思うようになった。


作家にとっては素振りも同じ、
毎日書くという行為を、
こうして絶えずやっていればこそ、
そんなふうに思えたのだ。


私は元々細かい神経の持ち主ではなく、
物事に頓着する方ではなかったが、
書くようになってからは、
様々な事柄や人間に、
少しは関心を寄せるようになったと思う。


実際に書いているときだけではなく、
常に小説ばかりを考えて、
頭の中で書いていると、
満員電車の中でさえ、
良いアイデアやきらびやかな文章、
憎いタッチの言い回し等、
頭に浮かんでくるものだ。


シャドウボクシングに似ているところから、
私はこれをシャドウライティングと名づけた。


それを書き留めておけば良いのだが、
乗り換えで移動したりすると、
会社へ着くころには忘れている。


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要するに、
どんなことでも弛まぬ努力をし、
飽くなき情熱を持って精進すれば、
ある程度のレベル、
つまり自分が飯を喰うくらいには
なれるだろう。


また家族を養えるようになるまでは、
さらに努力する必要があるのだろう。


そして素振りをしなくなったバッターは、
現役を去らなければならない。


それが自立する者の、
過酷だが当然の掟だろう。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
112日目の記事である。

執筆年月日1998・08・28
ブログアップ日 2014・08・28





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【後 述】

何事も
休まず継続するのは
一番単純で、
一番難しいこと
なのであろう。

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