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自負心、なかなか……なかなかです [コラムエッセイ]



変な自尊心やプライドを持つ人は多いが、
自負心を持っている人は意外と少ない。


自負心とは、
自分の才能や能力に自信を持つことだ。


自尊心・プライドと
若干ニュアンスが違う、
と私は感じている。


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日本には、
良いか悪いかは別にして、
自分の気持ちはあまり外に出さない、
という考え方がある。


また、
それを美徳とする文化が連綿と続いてきた。


「おとこは、男は黙って……、」

というような
テレビコマーシャルなどもあった。


不言実行が、
男のスタイルとされた
時代もあったくらい、
自分の才能や能力を表に出すことを嫌う
国民性があった。


しかし最近の若い人たちは、
少しずつ変わってきているようだ。


自分の能力に自信を持つ人たちが、
増えてきたのかもしれない。


そして、
それをあっさりと言ってのける行為も、
いままでとは違っている。


人間に自負心がなくなってしまったら、
後に残るものは何だろうか。


自分勝手な自尊心や、
カビの生えたプライドだけだろう。


さらにひどい場合は、
自負心とみまちがうような、
懐古心さえ幅をきかせかねない。


私たちが確固たる
自負心を持つには、
それを支えられるだけの
裏付けも必要となる。


つまり、
盤石な訓練や練習、
弛まぬ努力や持久力などがあって、
初めて揺るぎない
自負心が芽生えてくるのだろう。


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自然と自負心が
わいてくるまで
鍛練するのは、
たいへんなことだ。


多少のことでは動かない心を
作り上げるには、
毎日毎日なにしろ続けるしかない。


書くことも例外ではない。


私が自分の作品に
自信ありといえるようになるには、
書くことに揺るぎない
自負心を持てるか否かだろう。


天才ではないのだから、
書く鍛練を続けない限り、
自負心を持てるわけがない。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
907日目の記事である。

執筆年月日2000・10・31
ブログアップ日 2014・10・31





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【後 述】

なかなか……

なかなか……

ですね。

大蛇をみた、金に恵まれるだろうか [コラムエッセイ]



先日の朝方、
私はハッキリと大蛇をみた。


筋肉質でよく引き締まった、
太く長い胴を持ち、
草むらをすべるようにして動いていた。


その姿をみると同時に目が覚めた。


こんなことって、
よくあると思う。


ヘビの夢をみると金に恵まれる、
と聞いたことがある。


しかし直後に発表のあった
宝くじが当たったわけでもなく、
大金を拾ったわけでもなく、
あまり関係ないのか。


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夢や睡眠など、
まだまだ解明されていないことは
世の中にたくさんある。


むりやり解明して欲しくないものも
たくさんある。


ましてや理屈で押し切られたら、
まったく白けてしまうこともある。


大蛇の夢をみたら金回りが良くなる、
などとは
まったく根拠のないことかもしれない。


よく考えれば、
根拠どころか
なぜそんなことが言われるのか、
いつごろから
誰が言い出したのか
不思議なことだ。


でも、
大蛇の夢をみたら不幸になる、
というよりは良いだろう。


私はヘビは苦手だ。


あの肌をみると、
ぞっとする。


太く長い胴などとは、
想像しただけでも胸くそ悪い。


なのに、
その朝は清々しく目覚められた。


大蛇の夢イコール金、
という方程式が頭の中にあったからだろうか。


半分夢と知りつつみていたのかもしれない。


現実は何もなかったわけだから、
何のことはないが、
しばらくは
金銭的に何か良いことがあるのではないか、
とわくわくしていた。


気持ちがときめくのは、
どんなことでも悪い気はしない。


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題名を目にしただけで、
読者のときめきを呼び、
読み進んでさらにわくわくし、
とどめにカタルシスを覚える。


そんなものが書けたらいいな、
と思う。


私は小説作法通りに書けない。


ひらめきありきで、
それをまとめ、
加工するのが私流だ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
906日目の記事である。

執筆年月日2000・10・30
ブログアップ日 2014・10・30





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【後 述】

本当に
何でもかでも
解明しようとするのは
如何なものか。

分からないことは
分からないで良い。

という余裕がないから、
すべてにギスギスして
くるのである。

励ましと慰め、人間は生まれつき罪深く弱い者である [コラムエッセイ]



先日かみさんと行った
クリスチャンのコンサートで、
牧師がこんな話をしてくれた。


「励ましと慰めは違う。

打ちのめされている人には、
励ましではなく
慰めを言ってあげてください。

自分では解決できない
重荷を背負っている人には、
励ましはあまり役に立たない。

慰めを言ってあげてください」、

と。


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よく私たちは、

「励ましあって
プラス思考で頑張ろう、
慰めあっているのはマイナス思考で、
互いのキズを舐めあっても、
何の役にもたたない」、

などという。


現実は、
そんなにすべてがうまく、
前向きに行くことばかりではない。


キズを舐めあうのではなく、
慰めるしか言いようのないこともある。


例えば、
友人が配偶者や家族を
突然の事故などで失ったとき、
励ましたところで
何の役に立つであろう。


慰めることしかできないではないか。


慰めさえも白々しく響くかもしれない。


ただ黙して傍にいてやる方が、
相手の心は落ち着くかもしれない。


人間は生まれつき強いのだろうか、
弱いのだろうか。


私がいま思うのは、
元々は弱いのではないか、
ということだ。


それが、
様々な経験や試練を経て、
強くなって行く。


それでも
自分ではどうにもならないことにぶつかれば、
本音の弱さが出てしまう。


そんなとき、
人間は慰めてもらいたいのではないだろうか。


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励まされても
どうにもならない人を励ましても、
プラスになるどころか、
マイナスになってしまう恐れさえある。


これから世の中は、
心身共に傷付いた人たちが益々増え、
それでも生きてゆかなければならない、
長生きしてしまう時代だ。


人生をまっとうするには、
励ましだけでなく、
慰めも同様に必要なのかもしれない。


そのバランスの取り方が最も難しい。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
905日目の記事である。

執筆年月日2000・10・29
ブログアップ日 2014・10・29





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【後 述】

これから世の中は、
心身共に傷付いた人たちが益々増え、
それでも生きてゆかなければならない、
長生きしてしまう時代だ。

いまさらのように思うが、
本当にそのような時代に突入している。

懐かしい曲、無性に聞きたくなって…… [コラムエッセイ]



私はグループサウンズのある曲、
「N」を無性に聞きたくなり、
CDレンタル店で
一時間半もかけて探した。


結局オリジナルはなかった。


代わりに、
「N」の作曲者が
新しい感覚でアレンジし、
みずから歌っているという
ソロアルバムを借りた。


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家に帰り早速聞いてみたのだが、
大失望。


本人は新しい感覚で、
アレンジしているつもりだろうが、
単にリズムやリードギターの
旋律を変えているだけである。


何の新しさもなく、
オリジナル曲にあった
最も重要な長所である、
シンプルさ、
さえなくしていた。


アルバムなので、
聞きたい曲だけでなく
他にも何曲か入っていた。


すべて大失望の連続になった。


他の曲など聞かない方が良かった。


やはり、
作品は客観的にどうなのか、
冷静に見つめる目をもたないと、
自慰行為で終わってしまう恐れがあるのを
強く感じた。


そして、
本人がそれに気づかないほど、
不幸なことはないだろう。


ものを作る者として、
肝に銘ずべきだ。


常に、冷静に、
客観視できる余裕を持て、
ということを。


そのためには、
自己の精神状態をいつも健全に
維持しておくべきだ。


私も注意したい。


例えば、
私が何か文学賞を獲ったりすれば、
当然有頂天になるだろう。


まあそこまでは凡人に免じて
許せるとしよう。


しかしそれにしがみつき、
自分の力をわきまえて行動する
ことを忘れたり、
おごりをもったりすれば、
そこで終わってしまうだろう。


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天職に転職しようとしているわけだから、
生活レベルの収入を得る上で、
緊張感は必要だが、
それ以上の緊張感は、
あくまでも良い作品を作るために
張りつめていたい。


駄作を乱発したくはない。


ましてや
自分が気づかなくなってしまう
ことがないよう、
日々精進しないといけない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
173日目の記事である。

執筆年月日1998・10・28
ブログアップ日 2014・10・28





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【後 述】

意外と
自作自演というのは
自己満足に終わってしまう
ことが多い。

自分の感覚と
私の作品を見る人との
感覚が違えば
致し方のないことなのである。

従ってまた、
その逆もあるのである。

自分では
全く面白いとも思わない作品が
ある時、突然
日の目を見たりすることもある。

シルバーシート、プライオリティ・シート、呼びかたよりも譲りかた [コラムエッセイ]



いまはプライオリティ・シート、
などと言ったりもする。


要は身体の不自由な人や、
歳を召した方の優先席である。


電車やバスなどに設置されている。



現在私が利用している、
私鉄のターミナル駅では
整列乗車をしている。


ドアが開くと、
待ち構えていた人たちが、
自分の座席を求めて一斉になだれ込む。


しかし皆がみな、
申し合わせたように
シルバーシートを避ける。


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シルバーシートに座ると、
前に身体の不自由な人や、
年寄りが立った場合、
譲らなければならない
と思うからだろうか。


逆に、
シルバーシート以外に席をとれば、
譲らなくても
他人にとやかく言われる筋合いはない、
とでも考えているのだろうか。


乗客をそういう思考にさせることが、
シルバーシートを作った理由でない
のはもちろんだが、
却ってはっきりと
色分けしてしまったきらいもある。


たまにシルバーシートが空いていても、
自分が狙った席の前に立つ
お年寄りをみかける。


シルバーシートが
空いているのを知らないわけではない。


なぜなら、
そちらをチラッと見やったりするからだ。


そして、
前の席に座っている人の顔を、
わざと覗きこむ。


座っている人は、
譲るべきかどうか迷っている。


席を譲ると、
年寄りはちゃっかりと座ってしまった、
というような光景だ。


たしかにシルバーシートは
年寄りの座席というわけではないが、
空いていたら素直に座れば
いいではないか、
とも思う。


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はっきりと色分けすべきでは
なかったのかもしれない。


それが譲り合う気持ちを
条件づきにしてしまった、
といえなくもない。


ますますギスギス感を
助長してしまったのか。


譲りあう気持ちは
自然には出ないのか。


生活に精神的な余裕を持つことが、
行動にも繋がってゆくのだろう。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
537日目の記事である。

執筆年月日1999・10・27
ブログアップ日 2014・10・27





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【後 述】

最近では
この座席が空いていれば
だれかれ構わずに座ってしまう
傾向にあるような気がする。

それは決していけないとは
思わない。

しかしお年寄りや
身体の不自由な方が
乗ってこられたら、
その席は譲ってやって
欲しいと願う。

スーツ、サラリーマン衣装三種の神器の代表 [コラムエッセイ]



ネクタイYシャツとくれば、
その総本山はスーツ、
ということになる。


サラリーマン衣装の
三種の神器の代表である。


スーツに合わせて
ネクタイやYシャツが揃えられる。


ネクタイに合わせて
スーツを作る人はまれだろう。


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一時はスーツの乱売合戦が続き、
安売り店が乱立し、
戦国時代さながらの様相を
呈したこともあった。


しかしよく考えてみると、
何十着もスーツは必要ない。


限度があり、
先はすぐに見えたはず。


バブルの浮かれ調子に乗った現象だった、
といえるかもしれない。


何十着も必要ないが、
サラリーマンにとって
必ず必要なのがスーツだろう。


職種によっては、
まれに普段着でやれる
サラリーマンもいるだろうし、
工場の人は作業着で勤務できる。


でもサラリーマンである以上、
そんな人たちも、
一着や二着は持っている。


私は身体が大きいので、
いわゆる吊るしのスーツでは
用が足りない。


致し方なく誂えることになるのだが、
布地が足りずに三つ揃いも、
スペアズボンも作れない場合が多い。


金銭的には大きな出費となるので、
数年に一回作るのが精一杯だ。


一回にいつも二着作っている。


つまり二着を代るがわる
着ることになる。


少なくても夏服・冬服を必要とするので、
負担は大きい。


しかし極端にいえば、
サラリーマンはスーツだけあれば、
他に服は必要ないといっても過言ではない。


仕事上でスーツ以外はほとんど不要である。


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サラリーマンにとって、
スーツは武士の裃といっしょだ。


脱ぐまではくつろげない性質を持った、
ある意味では不自由な、
圧迫感のある着衣である。


にも拘わらず、
定年までは脱げない服である。


定年後、
スーツは不要になるのだろうか。


私はあと数年でスーツを不要にしたい。


サラリーマン解放後、
何を着るかは未定だ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
171日目の記事である。

執筆年月日1998・10・26
ブログアップ日 2014・10・26





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【後 述】

スーツ、Yシャツ、ネクタイと、
サラリーマン衣装の
三種の神器は揃った。

これで会社に登城するわけであるが、
時にはよろいかぶとで身を固め、
戦闘態勢に入らなければならない時もある。

Yシャツ、サラリーマン衣装の三種の神器 [コラムエッセイ]



サラリーマンにとって、
Yシャツもネクタイと同じくらい
大事なものかもしれない。


なぜなら、
ポロシャツにネクタイをする
日本のサラリーマンは、
ほとんどいないからだ。


むかしは皆が示し合せたように
純白のYシャツだった。


ところが最近は、
様々な色のYシャツを目にする。


とはいえ、
さすがに柄物のYシャツで
出勤してくる人はいない。


素材も綿、化繊、麻、
等々豊富になったものだ。


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Yシャツにネクタイ
というのが、
日本のサラリーマンの定番スタイルだ。


それだけにYシャツの
果たす役割は大きい。


出がけにYシャツがなかったり、
アイロンがかかっていないと
大慌てになるのも、
その重要性が認識できる瞬間である。


まれに、
ある企業では
カジュアルディとかいって、
カジュアルな服装で出勤して良い日
があるそうだ。


私には、
何の役にたつのかよく分からない。


服装の部分、
つまり外見だけ繕ってみたところで
何の役にも立たない。


それも週に一日ていど、
おざなりのことをしても、
Yシャツに慣れたサラリーマンは
却って迷惑だろう。


パジャマで出勤するわけにもいかず、
改めて出勤用のカジュアルウェアを
買わなければならないはめになるだろう。


服に合わせるとしたら
やはりスニーカーだと、
靴まで新調しなければならなくなる
かもしれない。


第一、
却って面倒くさい。


朝の一番忙しいときに、
着慣れたスーツで支度するのと、
不慣れな身支度を強いられるのとでは、
かかる時間も
かなり違ったものになってしまう。


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私は何よりも、
シャキッとしないだろうと思う。


それに、
サラリーマンにカジュアルウェアを
認めるような社会基盤が、
一体どこにあるというのだ。


環境が整っていない現状で、
いくら姿だけ変えてみても
どうにもならないのだ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
170日目の記事である。

執筆年月日1998・10・25
ブログアップ日 2014・10・25





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【後 述】

たしかに
ネクタイの需要も
Yシャツの需要も
年々、減ってきているようである。

しかしサラリーマン衣装の
三種の神器であることに
間違いはない。

ネクタイ、Yシャツ、
それにもうひとつは?

ネクタイ、その習慣と効用 [コラムエッセイ]



サラリーマンにとって、
ネクタイとは何なのだろう?


たしかに何年間も
サラリーマンをやっていると、
効用らしきものが
自分なりに分かってきたような気もする。


普段着に
ネクタイをする人はあまりいない。


ほとんどが、
仕事や公式の席で使用するものだ。


朝、
出がけにネクタイをすると、
多少風邪気味でも
シャキッとするのは、
私だけではないだろう。


つまり、
首の周りを絞めて、
気も引き締めているのだ。


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私は一時海外業務に携わり、
東南アジアやヨーロッパの
国々を訪れる機会があった。


ヨーロッパは、
元々ネクタイ発祥の地(?)なので、
日本と同様ビジネスの場では、
皆ネクタイを締めて臨んでいる。


ディナーなどでも
基本的にはネクタイをする。


一方、
東南アジアの国々では暑いため、
ほとんどの場合ネクタイをしない。


インドネシアでは公式の席でも、
バティックというシャツを
一枚着て出席できる。


フィリッピンでは、
現地の人はあまりネクタイをして
ビジネスに臨まない。


これらは厳しい暑さがもたらした、
あたり前の習慣であろう。


ノーネクタイで失礼、
などとは誰も思わないし、
現地でそんなことをいっても
誰も取りあってくれないだろう。


日本でも、
夏の暑い期間をノーネクタイですごそう
といって実施した、
役所や企業があった。


今年の夏、
それを続けている企業がある
という事実をニュースでしった。


とはいえ、
残念ながら日本ではほとんど定着していない。


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逆に、
ネクタイを締めてさえいれば
サラリーマンだとごまかせる、
ということにもなる。


私は先々
ネクタイのない生活を望んでいる。


実現した暁には、
自分でシャキッと気を引き締められる、
ネクタイに代わる
服装のポイントを考えねばなるまい。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
169日目の記事である。

執筆年月日1998・10・24
ブログアップ日 2014・10・24





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【後 述】

ここ数年で
クールビズといって
ネクタイをしないで勤務する
役所や会社が増えている。

とても良いことだとは思うが、
営業などをしている人には
少々負担が多くなっているかも
しれない。

社内では皆に合わせて
クールビズ。

得意先には
客先に合わせて
スーツ&ネクタイ。

まあ、
これもサラリーマン、
致し方ないことか。

霜降、しもふり? いや、そうこうと読むんです [コラムエッセイ]



このところ、寒さが続いている。


特に朝晩の気温差は激しい。


それもそのはず、

今日は立冬までに吹く風を
「木枯らし」と呼ぶ

その出発点である
霜降(そうこう)という

季節の変わり目の
呼び名がついている日だ。


今年は今日がその日になるそうだ。


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あの極上の肉である
「しもふり」
を連想してしまうのは、
私が食いしん坊のゆえんか。


今年もそうであったが、
あっという間に、
私たちが気付かぬ間に
過ぎ去った秋。


朝霜が見られるようになり、
気温も下がり、
虫の音も聞こえなくなり、
深まった秋? 
が寒気を運ぶ頃が

この
霜降(そうこう)だそうだ。


これから
吹く風を
「木枯らし」と呼ぶそうだ。


その木枯らしの終着点、
立冬が
今年は11月7日となる。


もう
本格的な冬が来てしまったのだ。


今年もまた大雪や
寒波に見舞われるのだろうか?


季節感の薄くなる
年を重ねてきた日本。


それでも未だ
このような日本古来の
1年を24に分けた
二十四節気(にじゅうしせっき)
と呼ばれる季節区分で
季節感を表す言葉が取りざたされる。


この二十四節気に従えば、
私たちが春を迎えるまでに

寒さを超える為に

立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒と

六つの季節語を経なければならない。


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今も足元が寒くなるほど
寒さは急激に押し寄せている。


今日の晩飯は、
松坂牛のしもふりを入れた
豪勢な
なべ物にでもするか!




執筆年月日 2014・10・23





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【後 述】

「霜降(そうこう)」には
「糟糠(そうこう)」と言う
音は同じで、
全く違った意味を持つ言葉がある。

子供といる時間、少しでも多くしてあげるべきだろう [コラムエッセイ]



サラリーマンにとって、
家族はかけがえのない
精神的な拠り所であろう。


家族がいるから、
理不尽な仕事にも耐えていかれる。


そう思っている人がほとんどで、
間違っていないと思う。


特に子供の存在は一時期、
様々な理由で大きな位置を占める。


10歳くらいまでの子供にとって、
最も重要な時期、
男性は皮肉にも一番仕事が忙しく、
脂が乗ってきているのが一般的だ。


必然的に子供といる時間が少なくなる。


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いまとなっては反省のしようもないが、
私も例に漏れず、
子供をあまりかまってやれなかった。


子供と密接にリレーションや
コミュニケーションをはかったところで、
実際どれだけ効果があるのかは知らない。


しかし親としてはできうる限り、
子供と一緒にいる時間を作るべきだろう、
と今、私は感じている。


時期を逃したら、
もう永遠に戻ってはこないと
思い知らされるのは、
私の年齢(49)くらいにならなければ
分からない。


私たちの父親は戦後、
日本の混乱した中をわき目も振らず、
ただ一生懸命に、
大袈裟に言えば、
国や家族のために働いてきた。


自分や子供を省みる余裕などなかっただろう。


弁解をするわけではないが、
そんな父親の背中を見て育った私には、
わが子の接し方に、
自分の父親以上のものを見出せなかった。


中にはそれではいけないと考え、
子供に接した人もいるとは思うが、
私はしなかった。


いま思うと、
子育ては母親の役割と思わされていたから、
わが子にも同じようにしたのだと思う。


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かつてジョン・レノンは、
幼い息子とすごすため、
一時期音楽活動をやめた。


そのとき私は、
贅沢なものだと感じただけだった。


人間戻りたくても戻れないこともある。


今後は極力同じ失敗をしないつもりでいる。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
533日目の記事である。

執筆年月日1999・10・23
ブログアップ日 2014・10・23





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【後 述】

このタイトルの「子供」を
「両親」と置き換えてもいい。

私たちは物心つくと
自分一人で生きてきた錯覚と同時に
親を足手まといにし、ひどい時には
邪魔者あつかいにさえする。

そして親のありがたみが本心で分かる頃、
もう傍に親はいない。

「孝行のしたい時分に親はなし」と、
昔の方もその経験から教えてくれている

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