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マッサン、ちょっと気になるメードインジャパン(Made in Japan) [テレビ番組]


NHK連続テレビ小説「マッサン」で
ちょっと気になる
そして本当に懐かしくも響く
「メードインジャパン(Made in Japan)」
が飛び出した。


先週の番組中
しきりに鴨居商店の社長
鴨居欣次郎は、
メードインジャパンを口にした。


もちろん、マッサンも
彼に優るとも劣らない
メードインジャパンを実現しようと
心を砕いていたのは言うまでもない。


ある意味
この頃の
こういう人たちの
世界に向けた物造りの情熱が

第二次世界大戦後の
日本の復活の代名詞にもなった

メードインジャパンこそ世界一

という
「Made in Japan」の
出発点なのかもしれない。


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私はまさに
このメードインジャパンが絶頂の時に
海外ビジネスに従事していた。


私はヨーロッパ、北ヨーロッパ、
アジアでは、台湾、インドネシア、
韓国、フィリピン、オーストラリアに
製品を輸出する担当をしていた。


どこへ行っても日本の商品は
信頼があり最高品質であるという
無言の了解があった。


私が扱っていた商品もしかり。


私がアジアの取引先の方と
一緒に市場回りをした時のことだ。


彼らが熱心に私たちの商品を
スーパーの棚に置いてくれているのを
目の当たりにした。


思わず、

「ありがとうございます、
こんなに陳列棚の場所を取って
多くの商品を置いてくださって
本当に感謝します」

と言うと、

彼が私を手招きする。

もっと近くにきてみろ、と言うのだ。


私はうちの商品を手に取って
愕然とした。


それは、
パッケージが全く同じ
イミテーションだったのだ。


そんなことが
アジアの諸国では多く
見られた。


これはいかに日本製品が
アジアの諸国で
「Made in Japan」だけで
売れる時代だったかを物語っている。


またある時、
私の担当国ではなかったが
アメリカに赴く機会を与えられた。


そこで空いた時間に
スーパー回りをした時に
同様のアメリカ製品を目にした。


私は
やはりメードインジャパンは
世界一だ、という驕り高ぶりを
無意識に持ってしまったものだ。


そのくらい、
メードインジャパンが
絶頂の時があった。


それは
マッサンや鴨居欣次郎たちの

日本で
世界一の物造りをしようという意識が
受け継がれてきた結晶だったのだ。


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そういう意味では
現在は
ややその意識がゆるんでいるのか

また、
企業があまりにも海外に
進出し過ぎてしまったからなのか

日本人の心の中にあった
メードインジャパンの
誇りと誉れが薄らいでしまった感がある。


そんな最中の11月27日、
とても嬉しいニュースが飛び込んできている。


「日本の手漉き(てすき)和紙技術」を
ユネスコが無形文化遺産に
登録することを決めたのだ。


日本の伝統に基づいた技術も
さらに近代の日本の物造りの素晴らしさも
まだまだ多くの世界に誇れる
メードインジャパンが存在する。


今一度、あらゆる分野において
メードインジャパンの誇りと誉れを
取り戻してもらいたいものである。




執筆年月日 2014・11・30





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タグ:マッサン
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メール、見えない弊害が更に人間関係のバランスを崩す [コラムエッセイ]



かつて、
電話の一方的な
コミュニケーション手段に対し、
論議をよんだことがあった。


電話をすることは、
相手の都合をまったく
考えずに行う行為だと、
批判があった。


でも便利さには負けてしまった。


いま電話をはるかに凌ぐ
暴力的な行為が、
メールかもしれない。


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電話は生の声を聞いて、
ある程度相手の状況、
疲れているのかな、
いま話したくないのかな、
などと判断でき、
それに応じた
コミュニケーションができる。


メールは違う。


送りっぱなしだ。


放送メディアと一緒だ。


いや、違う。


放送メディアは
同じ送りっぱなしでも、
不特定多数だから
返事はほとんど求めない。


しかしメールは、
基本的には特定の人に発信し、
返事を求める。


送った方は返事が返ってこないと
イライラする。


受けた方は返事をしないと気になる。


私の会社でもご多分に漏れず、
各人に一台ずつパソコンが用意され、
メールでやりとりをしている。


業務のやりとりでも一方的だ。


どんどんメールが発信されてくる。


返事をしなければ

「きちんと見てください」、

といわれてしまう。


部下に

「先日の件、報告はまだですか」

などといえば、

「メールに入れてあります」

の一言。


あまりのひどさに、
私も大人気なく
逆用してしまったことがあったくらいだ。


便利さが、
生活を豊かにするのはある線までで、
その線を越えると、
ギスギスしてくるだけなのではないか。


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人間同士の間に
介在する商品は、
便利さが故に
ほとんどその弊害を考慮しない。


こんなに弊害があるんですよ、
と言っても
便利さに押し切られてしまうケースが
ほとんどだ。


経済や物が豊かになっても、
国が豊かになるとは限らない。


ましてや人心は
ドライになる一方だ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
911日目の記事である。

執筆年月日2000・11・04
ブログアップ日 2014・11・30





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【後 述】

もう、いまや書きたくないほどの
進歩と言っていいのか、
便利さと弊害が伴って
この手の通信手段が
発展している。

それもこの分野だけ国境をなくし、
実際の人類同士は
逆に
偏った民族主義に
対立が深まっているという
非常にアンバランスな世界に
なってきている。

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マッサン、ちょっとかっこ良すぎ!鴨居欣次郎 [テレビ番組]


NHK連続テレビ小説「マッサン」の
鴨居商店社長、鴨居欣次郎が
ちょっとかっこ良すぎだ。


今週の53話、11月28日放送分
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
の中でのことだ。


ドラマはいよいよ、
ウィスキー造りの本筋に
突入する。


今まで何度もチャンスを与えられ、
この直前(52話11月27日放送分)では

エリーがなけなしの
へそくりをはたいてわざわざ
高級料亭に設けた席においても

最後には
二人は意見の相違で
喧嘩別れをしていた。


一緒にウィスキー造りをする決断は
ますます遠ざかっていた。


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そして、
いよいよマッサンは決断する。


エリーにその気持ちを伝えると、
期待していたことと違う
決断にエリーは怒る。


それもそのはず、
マッサンは大家さんが勧めてくれた
化学の先生をやると言い出したからだ。


確かに
当時の給料で100円というのは
今で換算すれば
約100万円くらいであろう。
(これは鴨居欣次郎のセリフから推定)

そうすれば
夫婦の生活も
これから誕生するであろう
こどもとの生活でも
困ることはあるまい。


すかさず

「ウィスキーはどうするの!」

と尋ねるエリーに
マッサンは

「毎月少しずつ貯めて……」

「ウィスキー造る前に死んじゃうよ」
と返すエリー。


二人の口論が激化した時だ!


突然
廊下のガラス戸を開けて
鴨居欣次郎が入ってきた。


その手には大きな風呂敷包み。


それをテーブルの上にドン!
と置き、

「開けてみ、プリーズオープン」

と言う。


開けてビックリ!


「4,000円(約4,000万円)ある。

 日本の総理大臣に払う給金
(現在の総理大臣の年収は
  約4,000万円とされる
 このことから上記4,000円を
約4,000万円とし、100円を
 約100万円とした)
 と同じとまではいかんが、

 もともとスコットランドの
 プロフェッショナルに払う
 つもりで用意しとった銭や」


「これ一年分、先払いしたる。
 マッサン、鴨居商店の人間になれ!」


それでも決断しないマッサンを
鴨居欣次郎は彼の秘密基地に連れて行き、
「神のみわざや」とまで言わしめた
ウィスキー造りを志した原点を話す。


最後に落とし文句だ!


「二人でメードインジャパンの新しい時代、
 作ってやようやないか!」


「ハイ!」


ここでしっかりと握手。


こりゃ、ちょっとかっこ良すぎだ。


それが、
私たち団塊の世代としては、
あまりにも芝居じみて、
そうと分かっていても
かっこいーって
思ってしまうシーンなのだ。


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サラリーマンであれば、
こんな誘いがあったら
思わず乗ってしまうだろう。


自分の欠点かもしれない
頑固さが欲しい、

それが
我社がますますおもろい会社になる

などと言われて
意気に感じない者はいないだろう。


このかっこ良さは、
番組挿入歌
「広い河の岸辺(The Water is Wide)」
朝の連続テレビ小説で
連続して使われたことと同様
しっかりと継承されている。


かっこ良さには
清涼感があって良い。




ブログアップ日 2014・11・29





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タグ:マッサン
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マッサン、ずーっと気になっていた挿入歌「広い河の岸辺(The Water is Wide)」 [テレビ番組]


ずーっと気になっていた
マッサン番組挿入歌、

「広い河の岸辺(The Water is Wide)」


ドラマの中で
エリーが口ずさむあの歌だ。


かみさんが

「この歌、『花子とアン』でも
 女性教師が歌っていたのよね」

と言い、
ずーっと気になっていたらしい。


かみさんいわく、
「この歌って旋律が良いのよね、
 讃美歌のようなのよね」


そう言われれば
「花子とアン」でも歌われていたな、
と思い出し、
確かに讃美歌のような美しさがあるな
とも思った。


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すると今朝、
マッサンのドラマが始まる前に
NHKのニュースで採りあげていた。


この曲は
スコットランド民謡で、
訳詞をされた八木倫明さんが
紹介され、

その曲に自分の人生を重ね
生きる力をもらい

それ以来
この歌の普及に努めているそうだ。


そんな中で歌手のクミコさんに
お願いしたところ

歌っていただけることとなり
CDの発売にこぎつけた。


さらにこの歌は
多くの方々の支持をもらい
今なお広がりを見せているようである。


とても単純な詩でありながら
素晴らしいメロディーに乗って

愛とそのはかなさ、深さを歌い

それでもふたりで進もうとする

最も最小単位である男女の愛
たたえたものである。


しかし、
このように
同じ曲が朝の連続テレビ小説で
連続して使われたことなど
かつてなかったのではあるまいか。


それも外国の曲であり民謡である。


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民謡といえば
数百年前のものであろう。


それが今、また日本で、
このようにして
歌い継がれようとしている。


歌の持つ
はかりしれない
永遠の力を
改めて知った次第である。


このような
民族を超えた
人間同士の繋がりが

いま世界各地で起こっている
異なった民族の
様々な確執を
ほぐしてくれることにもなるのだろう。


エリーのモデルとなった
実在されたリタさん。


そして今、エリーを演ずる
シャーロット・ケイト・フォックスさん、

同じ気持ちで日本を愛してくれているのが
本当にうれしい。


私たちも
もっともっと
多くの外国人と
触れ合う機会を持てるようにし、
同じ地球人として

ひとつになれたら
素晴らしいな、

と思う。




執筆年月日 2014・11・29





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タグ:マッサン
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リバウンド、禁煙のリバウンドを避けるには停煙が良いよ [コラムエッセイ]



はねっ返る
という意味の英語から、
リバウンド現象とは、
治療や投薬を止めたときに起こる、
病気の悪化をいうようだ。


よく使われる例では、
痩身ダイエットのリバウンドだ。


やせようと思って、
絶食に近い極端な食事療法をする。


そして普通の食事に戻したとき、
反動で食事の量が
今まで以上に増えてしまう。


結果としてやせるどころか、
前よりも太ってしまう。


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私は現在、
喫煙を停止しているが、
禁煙は過去に何度もした。


数日間、
数週間、
数ヶ月間と。


その結果、
禁煙解除をすると、
以前よりも吸う本数が増え、
最後は一日に、
40本から60本まで
吸うようになってしまった。


これもリバウンドのひとつだろう。


いま、2年半という、
いままでにない長期の停煙だから、
もしまた戻ってしまったら、
今度は何本に増えるのだろう。


このところ、
アトピーと花粉症がひどかったが、
やっと落ち着いてきた。


そこで、
未だに薬の後遺症を恐れている私は、
昨日から今日の晩まで薬断ちをした。


その結果リバウンド現象が起き、
先程まで七転八倒の苦しみを味わった。


だんだんと
薬断ちのできる日数が減ってきた。


もし、こうして毎日書いているのを、
数日間でも筆断ちをしたらどうだろう。


リバウンドはどういう形で起こるのだろうか。


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試してみたい気がする一方で、
ものすごく恐い気もする。


そのまま、
もう一生書かなくなるかもしれない、
ということにでもなれば、
そこで私のすべてが
消滅する可能性すら
あるかもしれないからだ。


今まで約1,000日間、
1日も休まずに書いてきた。


本当に書きたいのか、
惰性で書いているのかを、
実検してみる必要があるかもしれない。


休んだリバウンドが、
良い作品を書くことに繋がるのなら、
やってみたいとは思うが。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
936日目の記事である。

執筆年月日2000・11・29
ブログアップ日 2014・11・29





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【後 述】

筆断ちは、
私にとっては逆効果のようだ。

しかし、禁煙ではない
停煙は、素晴らしい効果があった。

今まで16年半という間
喫煙せずにこれた。

あまり、気負って
構えて一気にやろうとしないことだ。

そうすればそうするほど、
それを破ってしまった時、
そのリバウンドは激しい。

その思考回路を逆用してみては
どうだろうか?

私は停煙という
いつ吸ってもいい、
吸いたければいいじゃないか、
ごく自然にすればいいじゃないか、
そうして今まで
喫煙を停止することに成功している。

だから、未だに禁煙はしていない。

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レコードから、音だけでなくすべてがデジタル化 [コラムエッセイ]



タイトルを

「レコードからCDまで」、

としようとしたのだが、

いまやCDでさえも
短い寿命の内に、
むかしのレコードと
同じ運命を辿りつつある。


どこまで進んで行くのか、
もう想像もつかない。


レコードという過去の遺物は、
その溝に針を乗せ、
振動を電気信号に変えて音を出すという、
いまでいうアナログ方式である。


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CDやMDはデジタル方式である。


だんだんと軽量、
コンパクト化しており、
便利にはなってきた。


レコードには素朴さがあった。

と、思うのが、
そもそも私自身アナログ人間に
なってしまっているからだろうか。


こんな書き方をしている私は、
感覚的にアナログ、
デジタルを認識しているだけであって、
技術的な違いや、
理論的な違いを理解しているわけではない。


今後益々進歩して、
音楽は単なる情報の一部として
処理されてしまうかもしれない、
という潤いのなさを危惧している。


科学の進歩は、
いつか人間臭さを
喪失しまうのではないか。


すべてではないと思うが、
最近の若者は
人間臭いものを好まないようだ。


もっと俗に言えば、
人間の生理的な臭いでさえも
邪魔物扱いにする風潮だ。


潔癖症と思われるほどの
徹底した清潔好き。


学校で大便はしないなどと聞けば、
なぜそんな風になったのか、
これからの若者たちは、
どうやって
人間関係を樹立して行くのか
心配になる。


安ずるよりも、
それなりにやって行くのだろうが、
気になる。


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レコードに針を落とす。


演奏に入るまでの、
溝と針のこすれ合う
シャリシャリという音が、
気分を盛り上げてくれた。


CDやMDにそれはない。


突然始まってしまう。


気分の準備時間がない。


私はアナログな書き方しかできないだろう。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
569日目の記事である。

執筆年月日1999・11・28
ブログアップ日 2014・11・28





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【後 述】

アナログとは、
間があり、
グレイゾーンがあり、
遊びがある。

デジタルとは、
隙間なく、
黒か白のふたつにひとつ、
遊ぶ余裕がない。

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人生を楽しむ、一日一生の思い [コラムエッセイ]



素晴らしかったり、

気ままだったり、

辛かったり、

幸せだったり、

不幸だったり、

つまらなかったり、

おもしろかったり、

楽しかったり、

一体人生は何なのだろう。


自分の人生を、
まったく意識しない人はいないと思うが、
意識的に日々の生活を送っている人は
少ないだろう。


いやむしろ、
ほとんどの人は意識にない、
といった方があたっているかもしれない。


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皆がみな、
目標を持って生きているとも思えない。


ただ日々を
楽しく暮らしてゆくだけで良い、
と思っている人も多いだろう。


たしかに人生を楽しく生きてゆけるなら、
それにこしたことはない。


しかし、
本日私がタイトルにした、

「人生を楽しむ」

とは少々ニュアンスは異なる。


人生を楽しむには、
多少努力が必要だろう。


まず気持ちの安定が必要だ。


楽しむ余裕を持つように、
常に心がけていることだ。


周りの人たちも一緒に、
楽しい気分になれなければならない。


次は時を大事にすることだ。


もちろん経済的なことも大切だが、
あまり金銭に縛られてはならない。


ある程度の生活が実現できれば、
必要以上に持たない方が
むしろ良いかもしれない。


多く持つと、
それに左右される時間も多くなるからだ。


手前味噌のようであるが、
現在50くらいの人は、
定年までサラリーマンなどやろうとせず、
定年前で辞める計画を立てるといい。


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そして自分の好きなことを大至急探し出し、
できればそれを職業にするため
訓練することだ。


いまからなら、
まだまにあう。


若い人は、できることなら、
いまから人生を楽しむ計画を
立てたほうが良い。


サラリーマンを
50までやってからでも間に合うだろうが、
早いにこしたことはない。


そうすれば、
人生をより楽しめるはずだ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
934日目の記事である。

執筆年月日2000・11・27
ブログアップ日 2014・11・27





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【後 述】

人生を楽しむこつは、
一日一生の思いである。

今日、一日の命を
どう楽しむか、
である。

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マッサン、ちょっと気になる「おもてなし」の英訳 [テレビ番組]

NHK朝の連続テレビ小説
「マッサン」において

ちょっと気になることがあった。


エリーが意味も分からず
「おもてなし」
と言ったのを

キャサリンが脇から

「それは、季節の移ろいに合わせた
 もてなしのことやな」

と説明した。


エリーが改めて「どういう意味?」
と聞くと、

「大切な人をお迎えして
 その季節の旬のもんを
 使うて
 心を込めたお料理や
 酒をふるまう、
 いわば最高の
 Japanese invitation
(ジャパニーズ・インビテーション)」

と説明し、

エリーも納得して
「Japanese invitation」
と返していた。


しかし、
何となく腑に落ちないというか
まあ、間違いではないとは思うが
もう少しニュアンスが違うのでは?

などと思ってしまった。


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この
「おもてなし」は、
日本に再び
東京オリンピックを
招致するIOC総会において

滝川クリステルさんが
プレゼンテーションで世界に
披露したことでも有名である。


また、番組中でも
鴨居商店社長、
鴨居欣次郎が


ウィスキー造りのプロフェッショナル探しに
スコットランドまで派遣した
貿易商アンドリュースが持ち帰った
あまりにも理不尽な解答、

「スコットランドと日本では
文化のレベルが違う、
残念ながら日本は我々西洋に比べて
まだまだおくれた国です。
 
日本でウィスキーを造ることは
諦めた方がいいと思います」

に対し、


「日本人の手仕事の細やかさ
 おくゆかしさ

 織物や陶器
 和菓子に日本料理

 わてらの国は世界のどこにも
 恥じない文化や伝統
 
 もてなし

 の心がある」

と言わしめているように


単に
Japanese invitationでは、
何となく心もとない。


その奥にある
日本人の細やかな心が
深く根付いているからだ。


では、何と言ったら良いのか?
そう簡単ではない。


Japanese deep hospitality
(ジャバニーズ・ディープ・ホスピタリティ)

とでも言ったら良いのか、……


いずれにしても
日本語は難しい。


外国語に訳す時
端的にこれだという語が見つからない。


その奥深さを表現するには
単語や句でなく、
文節になってしまうことが
しばしばある。


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普段、
日本人の心を持っていれば
その日本語を深く考えずとも
全く問題ないのに、

いざその根ざす意味を
外国人に伝える時には

余りの奥行きの深さに
かなり考え込んでしまう。


そんな思いをしたことは、
一度や二度ではなかった。


「わび」や「さび」
などは一体どう訳したら
分かってもらえるか?


しかし、
日本語の素晴らしさを
改めて感じることができるのも
こんな時である。




執筆年月日2014・11・26





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タグ:マッサン
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学生時代、実は今もその真っただ中にいるのですよ [コラムエッセイ]



昨日、
娘の入学する女子短期大学へ、
かみさんと娘の三人で行った。


校舎のたたずまいも好く、
いまどき珍しく学ぶ環境のようにみえた。


真新しく冷たい感じのする建物はなく、
年月を経た温もりを
感じることができたからか。


「もう一度学生時代に戻りたいな。
学業だけに専念してみたいな」

などと、私はかみさんに話していた。


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彼女は子供に手がかからなくなったら、
また学生に戻ると言ってはばからない。


心から勉強したいことがあるなら、
私は大いに彼女を応援するつもりだ。


学生時代は、
その真っ只中にいると
意識できないかもしれないが、
ほんとうに良き時間だ。


できることなら
いつまでも学生でいたい、
と思うのは私だけではないだろう。


もしいま
学生の方が読まれていたら、
学生時代は、
自由な人生最高の時が
凝縮された時間帯である
ことを識って欲しい。


学生時代は素晴らしい、
というと、
ある意味では現在に負けている
人間の言い分と取られるかもしれない。


今が最高ですよ、
という人にとってはなおさらだろう。


私は負け犬の発言をしているわけではない。


学生時代は勉強あり、
遊びあり、苦労や恋もある。


それらを純真な気持ちの中で経験できる、
時の素晴らしさを言っている。


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中には学生時代が最悪だった、
という経験をお持ちの方もいるだろう。


でも学生という、
ある意味ではそれだけで免罪符となりうる、
若さにも似た特権があるのを
否む人は少ないと思う。


もちろんただ好き勝手にやっていれば良い、
という意味ではない。


懐古趣味ではない。


現代の教育も、
学生時代が最も素晴らしい時
となるように改革してもらいたいものだ。


学ぶことは、
若さを保つ秘訣でもある。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
933日目の記事である。

執筆年月日2000・11・26
ブログアップ日 2014・11・26





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【後 述】

人生は最後まで
勉強だ。

という意味では、
私たちは
いつも学生時代の
真っただ中にいる
と言える。

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理想と実生活、理想を持ち続けることで実生活を凌駕しよう [コラムエッセイ]



人生には理想がある。


しかし、
それに向かっている途上で挫折したり、
棄権したり、諦めたりするのが、
一般的なのだろう。


歳を重ねるに従って、
理想はあくまでも理想になり、
実生活が現実の問題として
おおいかぶさってくる。


しかし実生活をまともに送れない人が、
どんなに大きな志を持ち、
理想を掲げようと、
周りの人たちはただあざ笑うだけだろう。


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では現実の生活で、
どこまでのことをしていれば、
よし、とされるのであろうか。


サラリーマンであったら?


重役にまでなった人か。


いや、定年まで全うする人か。


そんなことではなく、
妻子を路頭に迷わさず、
子供を独り立ちさせた人か。


もっと根本的に考えて、
他人に迷惑をかけないで
生活をしている人か。


けれども理想を掲げる以上、
俗っぽい生活などしていられない、
多少実生活の歪みがあっても、
掲げる理想や志の高さがカバーしてくれる、
と考える人が多いのではないか。


人はよく、
あれだけの成功を収めたら、
他のことは多少難があっても仕方がない、
と結果から判断することがある。


結果も出さずに
実生活だけメチャクチャでは、
誰もその人を認めないが、
社会的に認められた人の実生活は、
多少メチャクチャでも
ご愛嬌程度にしか考えない。


たしかに一理ある考え方かもしれないが、
よく考えてみると、
非常におかしい。


いくら成功していようと、
実生活が歪んでいれば
やはり問題であろう。


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どうやって
現実の生活をきちんとしながら、
理想の情熱を維持、
継続してゆくのか。


非常に難しい課題だ。


でもそれに打ち克ってこそ
価値があるのだ。


それができなければ、
ただの人だ。


ただの人でもいい。


私は早くサラリーマンから
解放されたいだけだ。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
932日目の記事である。

執筆年月日2000・11・25
ブログアップ日 2014・11・25





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【後 述】

理想は
いくつになっても
持ち続けたいものである。

それが生きる糧になるのは
間違いない。

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