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いまどき直談判! いやいや初めてではない、大物俳優北大路欣也NHK朝ドラデビュー [コラムエッセイ]



いまどきめったにきかない言葉であるが、
大物俳優北大路欣也にとっては
これは初めてのことではない。


「夜討ち朝駆け迷惑千万、 忘れ去られた根性・猛烈」


でも記したように、

「直談判」はまさしくこの部類に入る
懐かしい言葉のひとつである。

jikadanpan.jpg

報道によると「どんな役でもいい」
と、NHKに直談判したというのだから
マッサンに寄せるその熱い思いは
かなりのものである。


ただ、こういう人が少なくなったから
これほど話題になるのだろう。


それも
押しも押されもしない
大物役者であるからなおさらである。


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北大路欣也と言えば
市川右太衛門の次男である。


などといっても
若い方にはピンとこないだろう。


テレビなど
まだ普及していない時代に
町の映画館や、
祭りの野外上映などで
チャンバラ時代劇の大スターだった。


そのような環境から
北大路欣也の俳優デビューは、
小学生の時に撮影された映画が
中学生の時に封切られるという
スタートだった。


そして25歳の若さで
NHK大河ドラマ「竜馬がゆく」で
主役を演じるという
順調な俳優街道を歩んだ。


その後、
北大路欣也が
今回と同じように
出演の直談判をした映画がある。


映画「仁義なき戦い」を観て
シリーズ化されることを知り、
第二部「仁義なき戦い、広島死闘篇」
の出演を決めたのがそれである。


その他、北大路欣也の代表作としては
「子連れ狼」や「八甲田山」などが知られる。


しかし、意外と知られていないのが
ソフトバンクのあの白い日本犬の
声かもしれない。


あの白い犬の
あの声を初めて聞いて

すぐに

「あれは、北大路欣也さんだ!」

と分かった人は、
大ファンか、
かなりの耳利きの方に
違いない。


とても芸達者なのだ。


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その大物俳優が
再び直談判して得た
朝ドラ「マッサン」
役どころはと言うと、

ウィスキー大好きという作家役で、
2月9日からの放送で顔を出すようである。


「どんな役でもいい」と言い
直接交渉したのだから
この作品に出演することに
大きな思い入れがあったのだ。


マッサンのモデルとなった
ニッカウヰスキー創業者、
竹鶴政孝さんとは、

1968年に主演した大河ドラマ
「竜馬がゆく」に出演中、
竹鶴さんから声を掛けられて知り合った。


その後、
ニッカの北海道工場
現在番組の舞台となっている
余市蒸溜所などを訪問。


それこそマッサンと現実に
交流を深めたわけである。


「マッサン」を見ているうちに、

「たまらなく無性に政孝様、
(妻の)リタ様にお会いしたくなった」

と出演志願の動機を明かしている
くらいだから、

マッサン本人との
親交の回想と
朝ドラ「マッサン」との
進行が重なり合ってしまったのだろう。


その現実を体験している役者と
ドラマを演じる役者たちが醸し出す

虚実のコラボレーションに

期待しよう。




執筆年月日 2015・01・31





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タグ:マッサン
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背もたれのない椅子、バランスチェア [コラムエッセイ]




かみさんの買ってくれた椅子が、
昨日届いた。


パソコン用の、
「背もたれのない椅子」だ。


腰に負担がかからない設計である。


これをバランスチェアという。

balanse.jpg

乗馬時の姿勢がそのコンセプトのようだ。


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私はよくかみさんに腰が痛いという。


いままでの椅子で、
長時間パソコンに向かうと、
腰にばかり負担がかかってしまう。


かみさんは、
少しくらい歩いても
負担を解消できないだろう、
と心配してくれたのだ。


これがとても好い。

balansChair00.jpg

見れば、
なんだと思うかもしれない。


尻を乗せる部分と、
両足のひざ小僧を乗せる部分とから
なっており、
背もたれがない。


最初はどうかなと思ったが、
背もたれがないぶん、
腰の負担を変なかたちで
背中に逃がそうとせず、
背筋は意識して
ピンと伸ばすようになる。
姿勢のリンク

そして腰にかかる負担を、
ひざ小僧に委ねるわけだ。


腰にとっては、
負担が非常に軽くなる。


一個所に集中している力を、
いくつかに分散し、
各個所の負担を軽くすると同時に、
個所によっては、
本来の正しい姿勢に戻す。


そのことによって、
全体のバランスは良くなり、
全体が活性化してくる。


組織についても、
精神構造についても同じことがいえる。


あまり一個所に集中していると、
そこだけに負担がかかり、
他の本来正常な個所もおかしくなり始め、
全体のバランスが崩れてしまう。


気がついたときには、
手のうちようがなくなってしまう。


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それでは我々サラリーマンにとって、
精神衛生上の、
「背もたれのない椅子」
とは何だろうか。


休みの日に、
仕事を一切考えないでいられるための道具、
すなわち趣味であったり、
スポーツであったり、
ボランティア活動であったりするのか。


でもそれだけでは、
背筋をピンと伸ばすまでには至らない。


そこまでするには、
独立の準備を、
着実かつ計画的に進めること、
だろうか。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
268日目の記事である。

執筆年月日1999・01・31
ブログアップ日 2015・01・31





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【後 述】

この記事を書いた時から
既に16年経った。

現在の方が
机に向かって
パソコン操作をする機会は
多くなった。

にも拘らず、
この椅子は屋根裏部屋に
入れっぱなしだ。

改めて
出して使ってみたくなった。

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決めない集団から決める個人へ [コラムエッセイ]




わが社は相変わらず決めない集団だ。


会議をやってもしかり、
打ち合わせをしてもしかり。


避けて通りたい決議事項は
必ず決まらずに終わる。

shudan.gif

うやむやになってしまうのだ。


会議や打ち合わせなどしないほうが、
無駄な時間や経費も節減できるし、
何よりも精神衛生上に
最も良いと思うのだが。


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これでも
世間的には
優良会社で通っているからおもしろい。


しかも一部上場会社である。


しかしこんな組織集団が、
最も典型的な日本の会社かもしれない。


1,000日間で、
社内、取引先、外部の勉強会など、
各種各様のサラリーマンたちから
見聞きしたことを考慮して、
強くそう思える。


ならば私たちが変わらない限り、
日本の会社や社会は良くならない。


つまり、
景気も回復しないし、
豊かさを味わうこともできない。


日本を作っている分子が、
うやむや分子ばかりでは、
一部の生真面目分子が
どんなに頑張ったところで、
国を変えてゆくような力にはならないだろう。


責任者の位置付けが、
ハッキリしなくなっているのも、
決めない要因のひとつであろう。


同族支配が強い日本の会社では、
同族以外はすべて丁稚扱いだ。


会社によっては、
どんなに高いポストに就こうと、
まったく権限なしだったりする。


皆サラリーマンである以上、
同族の逆鱗に触れてまで、
自分の主張を押し通そうとはしない。


また、押し通せない。


何も決められなくなっている大人たち。


日本の縮図かもしれない。


政治にしろ、
会社にしろ、
家庭でさえも。


決めない集団ではなく、
決められない集団なのだ。


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かく言う私も
決められない管理職のひとり
であるかもしれない。


それを組織のせいにするつもりは毛頭ない。


だから何とか自立して、
自分ですべてを決めてゆく。

ketsudan.gif

決めない集団から、
決める個人へと。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
997日目の記事である。

執筆年月日2001・01・29
ブログアップ日 2015・01・30





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【後 述】

決めない、
決められない
というのは、
結局は
自信がないからなのだろう。

また、
敢えて決めない方が
良い時もある。

ただし、
集団になればなるほど
決断しづらいというのも
確かである。

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老いては子に従えではなく、老いても子を叱る [コラムエッセイ]




サラリーマン社会をみていると、
「老いては子に従え」というよりも、
「老いても子を叱り」、
という感じだ。


いまのサラリーマン老人は、
子を叱ることばかりで、
謙虚に子に従う気持などもっていない。

shikari.gif

また、
子供も子供で、
ひねくれて育っている。


なかなか子供に任せ切れない
親の気持も分からないではないが、
掴んでしまった権力や財産は、
自分以外の者には守れない
と思っているようだ。


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すべての組織でみられる、
これが経済を活性化できない
最大の原因、
なのではないか。


政治の世界でも同じことがいえる。


古い思想の踏襲をしているだけで、
歳と共に保守性が強くなってゆき、
かつて批判をしていた人が、
出世とともに、
批判の対象に成り下がる。


その順繰りでも
何とかやってこられた日本は、
一億総民が、
それぞれ似たような組織の中で
ぬくぬくしていたからだ。


老害とはまさに、
「老いても子に従わない」
人たちのことだ。


彼らの絶対数が多ければ多いほど、
日本の景気回復も遅れるだろう。


経済、
政治の世界だけでなく、
芸術の世界も例外ではないだろう。


過去の栄光だけに
頼って生きている大御所とか、
何の役にも立たないような、
会員やら理事老人。


新たな作品の発表はすでにできなくなり、
他人の批判ばかりしているような老人。


そんな老人たちの意見に
右往左往している、
老害予備軍の中年たち。


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芸術の世界で、
新しい作品の発表ができなくなったら、
潔く身を引けばいいのに、
かび臭い過去の栄光と、
現在の地位にしがみついている。


老害になるような人たちがはびこる世界
の発展は望めないだろう。


実業界でも、
芸術の世界でも
こころしておかなければならない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
266日目の記事である。

執筆年月日1999・01・29
ブログアップ日 2015・01・29





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【後 述】

今では
私もこの人たちの仲間入りか。

年齢ではそうかもしれないが、
気持ちではそうではないつもりだ。

そうするためには
言いたいことがあったら
一旦は
飲み込むことである。

shitagae.gif

3度飲み込んで
それでも言いたい時に言う。

しかし
3度も飲み込むと
忘れてしまうものである。

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快適な暮らし、心のインフラは? [コラムエッセイ]




戦後も20年近く経ったとき、
日本人は暮らしに快適さを求め、
物質の豊かさを追い、
様々な商品を大量に作った。


そして、
いまでは世界的なレベルでも、
快適といえる暮らしを作り上げている。

enbukurobase01.jpg

しかし、
あくまでも物質的なレベルだけでしかない。


そして、
そう認識している人は多くはない。


なぜなら、
未だに物質的豊かさが、
精神的豊かさよりも
優先されることが多いからだ。


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岩淵まこと
というシンガーソングライターがいる。


彼のレパートリーに、
『ただありがとう(視聴版)』、
という曲がある。

kaiteki.jpg

〝何もないようなこの僕だけど
何も足りないものはない……〟

と歌っている。


まさにその通りで、
物質的に足りないものは、
ないのかもしれない。


それでもまだ
何もないような気がしてしまう。


これが現実なのだろう。


精神的な豊かさがどういうものか、

形がないだけに
なかなか把握しきれないのが現状で、

相変わらずストレスとスピードを
お仕着せられ、

物質的な豊かさをもって、
快適な暮らしと錯覚している。

pigeon.jpg

いくら精神的豊かさこそ必要なのだ、
と色々な所で声高に叫ばれても、

結局物質的な豊かさの方が
容易に入手でき、

刹那ではあるが
幸福感も味わえる。


それが快適な暮らしというものに、
彩りを添えてくれるだけに、
始末が悪い。


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そして現実的には、
精神的豊かさを与えてくれるものも
ただではない、

となると、

金があって初めて手に入るという、
なにかスッキリとしない部分も残る。

angelpeace.jpg

快適な暮らしをするには、
根本的には社会を形成する人々の、
心のインフラが
整備されていなければならない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
265日目の記事である。

執筆年月日1999・01・28
ブログアップ日 2015・01・28





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【後 述】

21世紀になって
心のインフラは
崩れて行くばかりである。

と言うよりも
インフラ自体が
整っていないのではないか。

そうなれば
益々物質的な豊かさを
優先する時代は続くであろう。

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後継者と育成 [コラムエッセイ]




国でも会社でも、
長期的に生き続けようとするならば、
後継者を育成しなければならない、
ということは自明の理だ。

ikusei01.gif

しかし総じて、
日本の政界も会社も、
それをしてこなかった
ように思えて仕方がない。


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日本社会の縮図である会社は、
後継者を育てていないところが
多いように思える。


サラリーマンは、
上司が部下に指導しなければならない。


落語家のように、
師匠の芸を盗み見して憶えるとか、

ikusei03.gif

職人のように、
先輩のやっていることを
みよう見まねで憶える、

とかいうのとは違う。


「なら、
おまえは部下にきちんと
指導してきたのか」、

と問われると、
反省することしきりである。


ただ私は少なくとも、
わがままな上司ではなかったと思っている。


部下に適切な指導ができたか、
というと自信はないが、
わがままを通したり、
理不尽なことは言ってこなかったつもりだ。

ikusei02.gif

会社組織でも、
トップの力が強い場合、
上場企業でいくら公的な立場であっても、
内容は町工場とまったく変わらない。


おやじさんが絶対的な決定権を持っており、
すべての指示を仰ぐようになる。


下がそれに慣れてしまうと、
常におやじさんの指示を受けないと
動けなくなり、
みずからは決断しなくなってしまう。


また過去の経験から、
下手に決断して動くと、
最後に叱責されるのはいつも自分だ、
という条件反射でそれをしなくなってしまう。


これを繰り返していると、
いつのまにか自分で考えなくなり、
結論はいつもおやじさんに求めてしまう。


つまり、
育成ができない、
育成されない、
という図式になる。


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ある意味では楽かもしれないが、
働くことに対して
積極的な意欲は削がれる。


私にも経験があり、
残念ながら
未だにそういう心境に陥ることがある。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
264日目の記事である。

執筆年月日1999・01・27
ブログアップ日 2015・01・27





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【後 述】

いつまで
この状態が続くのかは分からない。

しかし団塊の世代が大挙して
仕事の前線から離れた今、
益々後継者育成は
難しくなる一方であろう。

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知らんぷり、しかとする [コラムエッセイ]




今の人たちは
「しかと」するとも言う。


この「しかと」という言葉は
花札の紅葉の札の鹿が
後ろを向き
知らん顔(知らんぷり)
しているように
見えることから、
相手を無視する時に使う。

shiranpuri.gif

今の世の流れは
もう、仲良しグループでは、
社会の急速な変化には
追い付いてゆけない。


頑張ります、
だけでは結果が出ない。


成果主義、
実力主義、
結果を出した者は厚遇する。


という結果が、
知らんぷり、しかとする、
なのだ。


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どういうことか説明しよう。


いま当社では
業界の展示会に参加している。


営業を中心に、
関係者は自社のブース前で入場者を待つ。


朝、
オープンまでに体勢を作るため、
各人が直接会場入りする。


そのときに挨拶がない。


いままでは顔見知り程度でも
会えば挨拶をしたが、
社員の心がギスギスし始め、
知らんぷりに代わった。


目が合っても知らんぷり。



なぜこんな組織になってしまったのか。


成果主義、
実力主義をあまりにも
強く打ち出したための弊害であれば、
ほんとうの実力主義は育たない。


以前にも触れたが、
現在の会社の人たちの半数以上は、
私と異種ではないか、
と。


未だにその思いから抜け切れないでいる。


私は20年間、
仕事に関して言えば、
ほとんど無駄に過ごしてしまったような、
空虚な失望感と焦燥感を
抱かずにはいられない。


こんな感覚に陥いる私は特殊なのか。


それともサラリーマンが抱いている
一般的なことなのか。


たぶん私の会社だけではないだろう。


また、
私とはまったく違う感覚で
嫌気をさしている若い世代もいるだろう。

mushi01.gif

それこそ私たち中年の管理職を、
悪の元凶と信じているかもしれない。


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前述した様々な点からも、
いまこそ甘さを控えた仲良しグループが
必要なのではないか。


要はグループの連帯と責任で、
グループ自体が自立できればいい。


当然小さな組織になる。
その集合体が大きな組織を作ればいい。


そんな会社作りをするような経営者は
失格だろうか。


私はそんな経営者になら、
なっても良いと思うが。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
994日目の記事である。

執筆年月日2001・01・26
ブログアップ日 2015・01・26





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【後 述】

知らんぷりを決めるのは
隣近所付き合いだけではなく
あらゆる組織内で起こっている。

自分の仕事以外は
知らんぷり。

mushi02.gif

そういう輩こそ
いざ自分に振りかかった災難を
なぜ誰も気にかけてくれないのか、
と嘆く。

この悪循環が日ごと、年ごとに
組織内の人間関係を悪化させる。

これは民族内でも
大きな歪となって現れる。

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骨折と挫折 [コラムエッセイ]




私は骨折の経験がない。


よく、
骨折した部分がしっかり完治すると、
二度とその場所からは折れない、
という。


接着した部分は、
他の部分よりも強くなる、
ということだろう。

kossetsu01.gif

骨折経験のない私でも、
なんとなく分かる。


いわば素材同士が
溶け合ってくっつくようなもので、
溶接にも似た感覚で理解できる。


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kossetsu02.gif

一方挫折とは、
心がくじけ折れてしまうことだ。


挫けるとは、
元々折れることも含まれているので、
二重で心が折れてしまうほど
過酷な表現なのだろう。


これは、
骨折とは違い少々やっかいだ。


くっついたと思っていても、
脆くも剥がれてしまったりする。


骨折すると、
患部を固定する添え木なるもので、
安静にする期間が必要だ。


溶接にしても、
溶接棒なる填充材が必要になる。


挫折には添え木もなければ填充材もない。

zasetsu.gif

治ったかどうか、
しっかり元どおりに接着したか、
判断のしようがない。


通常の社会生活では、
目にみえる骨折とは違い、
添え木をする期間など与えてはくれない。


ましてや溶接棒のような特効薬はない。


自分で立ち直ったと信じ、
周りから、
もう大丈夫だな、
などといわれ、
初めて回復したことを意識するしかない。


それだけに脆く、
いつまで経っても回復しないケースも
ありうるだろう。


人間は外傷よりも心の傷の方が、
癒えるまでに数倍、
数十倍の時間、
忍耐、努力を必要とする。


さらに、
完治したかどうか分からない
やっかいさを持ち合わせる。


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心の傷の回復を早めるものなど、
実際にはないだろうし、
傷痕はいつまでも残るに違いない。


しかし
「七転び八起き」という
ことわざもあるし、

失敗は成功の元とも言う。

nanayaoki.gif

弛まず、
自分の未来を信じ続けて行動することが、

傷痕を意識しても
やっていける力を
与えてくれるのではないか。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
992日目の記事である。

執筆年月日2001・01・25
ブログアップ日 2015・01・25





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【後 述】

このように
文明が進んでくると
ややもすると
人の心よりも
科学や機器を優先しがちである。

いま、
そのようなことが
原因と思われるような
事件が多発している。

どうしても
見えるものを
評価し、
見えないものを
ないがしろにする。

この傾向は
人間の持つ
大きな罪のひとつ
なのかもしれない。

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脂汗と涙、歯医者にはかかりたくない [コラムエッセイ]




かかりたくない歯医者にかかり、
挙句の果ての
脂汗と涙の物語である。


この数日間、
義歯の歯痛に
ひどく悩まされている。


昨日医者から出してもらった痛み止めは、
私の身体が大きいからか、
6時間の効果であるはずが、
4時間しかもたなかった。

haita.gif

昨晩飲んで夜中に切れたが、
何とか朝までもたして朝食後服用した。


会社で昼食を食べたころから
再び効果はなくなった。


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たぶんこういう薬は劇薬なのだろう。


6時間以上経ってから飲むように、
1日2回の服用を
限度とするようにいわれ、
私は会社に痛み止めは
持っていかなかった。


これが大失敗であった。


午後2時ごろから
どうにもならなくなった。


冷やしたくても、
そんな道具もない。


致し方なく、
自動販売機で買える
氷の入った飲み物を、
口に少しづつ含み、
痛い個所に氷を乗せてなんとか凌いだ。


今日は歯医者は休みだ。


ただし帰宅すれば痛み止めを飲める。


終業のチャイムを聞くやいなや、
私は会社を出た。


電車に乗って
約一時間揺られなければならない。


じっとしているからなのだろう、
額から脂汗が出てくる。


目を瞑っていないと耐えられない。


またそうするから涙が出てしまう。

haita01.gif

痛い右下の奥歯が、
私の半身を支配し始めた。


右の耳が痛くなり、
頭も右半分痛くなり、
右肩から右腹の辺りまで痛くなった。


ただ不思議なのは、
これだけ痛いのにも拘わらず、
下アゴがはれてこないことだ。


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これでは
みる者にまったく信憑性がない。


なんであんなしかめ面をしているのだ、
大袈裟な奴め、
と思われるのがおちだ。


でもはれない。


右アゴから耳につながる骨は、
痛くてしびれているのにはれてこない。


何か厭な病気を
連想させるような痛さだった。


いまはやっと痛み止めが
効いてきたらしく、
落ち着いている。


でも、
なぜこんなに歯を痛めつけられなくては
ならないのだろうか。




私がこの記事をかいたのは、
14年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
992日目の記事である。

執筆年月日2001・01・24
ブログアップ日 2015・01・24





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【後 述】

歯医者さんには
さんざんな目にあわされている。

抜かなくてもよい歯を
抜かれたり、

受診する時に、
保険で治療してくれますね
と確認したにも拘わらず

治療後に
これは保険ではできませんでした
と言われ
高額な治療費を請求されたりもした。

どうかもうこれ以上
歯医者にはかからないで
済ませて欲しいものだ。

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精神論、いまやその方向性さえおかしい [コラムエッセイ]




相変わらず
日本という国は、
精神論で不況を
乗り切ろうとしているのか。


新年の挨拶にみえた
取引先と話してみて、
各社トップの年頭挨拶で、
圧倒的に精神論が多かったようだ。


全社一丸となって不況を乗り切ろう!

kiaida.gif

何しろここしばらくは静かに耐え忍ぼう。


不屈の闘志で立ち向かおう。


気を引き締めて対処しよう。


等々、もはや聞き飽きた感のある
掛け声ばかりであったようだ。


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いままでの時代はそれでもすんだ。


しかし今度の経済不況は、
そんな生易しいものではなさそうだ。


ダイエーの中内氏が社長を交替し、
会長に退いた。


この、カリスマ性を存分に持った
戦後の流通王は、
安い品物を消費者に提供することに、
自分の生涯を賭けてきた男である。


交代の記者会見で、
「楽しいことは何もなかった」、
と言った。


戦後の日本経済を立て直した人たちは、
自分のことは犠牲にして突っ走ってきた。


我々のやりたいことが
自由にできる土台は、
彼らから与えられた、
といっても過言ではないだろう。


有り難いことである。


しかし、
日本はもう、
カリスマ性を持った人の
精神論だけでは、
立ちはだかる
大きく厚い壁には
対処できなくなってきているのだ。


すべての事柄に対していえる。


精神論だけでは通用しない、
グローバルな時代に、
もうとっくに突入しているのだ。


にも拘わらず、
未だにそれを認めたがらないのが、
ほとんどの日本人ではないだろうか。


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日本人は精神論が好きな国民だと思う。


また、
気づくと自分も精神論で仕事をしていたり、
精神論を振りかざしていたりすることがある。

yaruzo.gif

実際の努力、
情熱、継続が主で、
精神論が従であれば問題はない。


とかく精神論だけに走りがちなのが、
問題なのだ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
260日目の記事である。

執筆年月日1999・01・23
ブログアップ日 2015・01・23





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【後 述】

いまや

振りかざす
精神論自体が

方向性を失っているように
思えるのは

私だけだろうか?

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