So-net無料ブログ作成

現場復帰と退職、明暗を分けたサラリーマンの現実 [コラムエッセイ]


本日、
私の職場で明暗を分けた、
職場復帰と退職があった。


shokubahukki.png


これがサラリーマンの現実とは言え、
複雑な心境にさせられた。


ひとりは昨年末、
交通事故に遭い、
全快して本日職場復帰した。


かなりの事故で、
いまもコルセットをつけての
通勤であるが、
本人はいたって元気な様子だった。


ベッドの上にいたときは、
職場の喧騒が懐かしく
早く職場復帰したかった、
と挨拶にきた。


【スポンサードリンク】






片や2年前、
職場で脳溢血で倒れ、
その後リハビリで
半身不随に近い状態から、
杖を突きながら
ひとりで歩けるようにまでなったが、

職場復帰するには無理がある
という判断で、
本人も会社も合意し、
退職することになった。


私が親しくしていた二人だ。


図らずも同じ日に、
このような事態になるとは
考えてもいなかった私は、
少々困惑した。


私たちの年代になると、
他人事とは思えないことが
多くなってくる。


賃金カット、
早期退職の誘い、
仕事の実力とは関係ない降格、解雇、倒産、
病気等による休職からの職場復帰等々。


いずれの場合もあり得ることとして、
考慮しておかなければならないだろう。


後者の場合、
本人にとっては
職場復帰した方が良かったのか、
それとも諦めた方が良かったのか、
現状では何ともいえない。


身体が不自由なまま復帰した場合、
同僚がいままで通りのつきあい方をするか、
色々な意味で受け止める方が
神経過敏になったりし、
うまくいかないかもしれない。


それと、
待遇も健康なときのようには
いかないだろうし、
非常に難しい選択を迫られたことだろう。


【スポンサードリンク】






やはり、
人生、
健康に留意するのが第一だ。


そこから、
物事は始まる。


意外と私たちサラリーマンは、
不摂生が多い。


酒、たばこ、パチンコ、
麻雀、競馬、等々、
不摂生の原因になりがちなことにも、
充分な注意が必要だ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
327日目の記事である。

執筆年月日1999・03・31
ブログアップ日 2015・03・31





【スポンサードリンク】





【後 述】

健康を保つには
三度の食事を
きちんととり、

平安と笑顔があればいい。

それだけで
健康でいられ、

長寿の秘訣にもなる。

この三つのうち、
買えないものは
平安と笑顔である。

この二つのものを
得たければ
感謝をすることだ。

どんなことにでもある。

nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

桜の開花に人生の縮図を見る [コラムエッセイ]



週末から昨日の日曜日まで、

ニュースや天気予報では
盛んに春の訪れを告げ
桜の開花情報を流していた。


土・日は花見日和となり、桜の下では
多くの宴会が催されていた。


そんな喧噪がひと段落した今朝、
かみさんとウォーキングに出た。


【スポンサードリンク】






幸か不幸か
私たちは
改まって花見に出かけるまでもない。


この周辺は至る所で
桜の開花を目にすることができる。


例にもれず、
私たちがウォーキングコースにしている
道々で様々な咲き方をした
桜を見ることができた。


桜は不思議な花である。


普段は誰にも気にもされずにいるのに
開花時期になると
咲いた花を愛でようと、
わざわざ人がその下に
押しかけて来て
宴会までしてくれる。


他の花がどんなに
きらびやかに咲き誇っても
そこまではやってくれない。


そして咲いている期間が
恐ろしいほど短く、

花が散ってしまえば
再び誰も目にもかけない存在となる。


写真に収めた
咲き誇る桜を見て欲しい。


cherry01.png


本当に華やかで綺麗なその姿を
酒を飲んで愛でてやりたくなる。


しかしこのたった1本の
桜の木の中にも
様々な花模様があるのだ。


次の写真を見て欲しい。


cherry02.png


cherry03.png


幹の途中にひっそりと咲いた
数輪の桜。


こんな咲き方もある。


でもまだこの桜たちは良い。


何故なら
なにはともあれ、
花が咲いたからだ。


さらに次の写真を見て欲しい。


cherry04.png


同じ木の

上ではこの世を謳歌するように
思う存分咲き誇っている、

咲き誇る花は
一瞬でも晴れやかな時を
経験して散って行く。


その同じ木の太い幹の部分で
ほとんど人の目に触れることもなく
ひっそりと
芽吹いている花の候補生もいる。


この芽は
この春に咲くことができるのだろうか?


それとも
この春は咲けずに
来年まで待たなければならないのか。


そうだとしたら
酷暑の夏を、
季節感のない秋を、
雪の覆う極寒の冬を乗り越えて
次の春を迎えられるのだろうか。


果たしてその時まで
持ちこたえられるのか。


【スポンサードリンク】






この桜の木が
ひとつの世界だとしたら
まさにその縮図を

その一本の木の上で
示している。


私は今まで
桜の木は
華やかだけど
すぐに散って
それでおしまい。


そんなはかない人生の縮図に
例えられると考えてきた。


しかしその咲き方にも
色々あって
桜という花の一生だけでなく
桜の木そのものにも
一本、一本に
人生の縮図があった。


これは

神が天から地球という花の

その一本一本である

日本という木の

私たち一人ひとり

それぞれの咲き方を
見られているようなものであろう。




執筆年月日2000・03・30





【スポンサードリンク】





nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自然に戻ろう、ほとんど忘れている、思い出す必要もない [コラムエッセイ]



私たちの社会、
特に大都会が作る社会は、
自然をほとんど忘れている。


nature.png


また、思い出す必要もない。


自然を感じるのは、
雨、風、雪、暑さ、寒さ、等々
自分が直撃を受けるもの
だけになってきている。


出がけに天気予報を聞き、
傘を用意する。


温度の高低を知り、
服装を合わせる。


建物の中に入れば、
冷暖房の効いていない場所を探す方が
難しいほど完備している。


【スポンサードリンク】






雨が降ったら休み
という会社があったらおもしろい、
と思う。


いま、
そんな会社はあり得ない。


生活のスピードが、
あまりにも余裕のない
社会を生んでしまった。


たしかに、世の中便利になった。


結果として、
物は溢れてしまった。


にも拘わらず、
いつでも物足りなさを、
慢性的に感じている。


だからといって、
何が欲しいと問われて、
反射的に出てくる答は何ひとつない。


行き着く所を知っていながら、
それを肯定しては生きてゆけないほど、
現代は行き詰まっている。


その結果が、
この経済不況だ。


国民みんなが、
生活レベルを二割か三割下げれば、
リストラも失業も減ってくるだろう。


よしんばリストラにあったり、
賃金カットなどにあっても凌げる。


同時に生活のスピードを
二割か三割落とせば良い。


自然をゆっくりと、
楽しみながら生活できるようにすべき
かもしれない。


地球があって
初めて人間がいるのであって、
人間がいて地球ができたわけではない、
ということを忘れるべきではない。


つまり、
自然を忘れるべきではないと思う。


【スポンサードリンク】






50歳くらいまでの労働は、
致し方ないかもしれない。


以降は人間に返り、
自然に戻って生活できるよう準備すべきだ。


何も日本だけが住み家ではない。


世界は広い。


自然溢れる、
素晴らしい場所はまだまだあると思う。


私もその場所を探しながら準備している。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
326日目の記事である。

執筆年月日1999・03・30
ブログアップ日 2015・03・30





【スポンサードリンク】





【後 述】

このところ
世界には
安全な場所が
少なくなってきている。

どこにいても
何が起こるか分からない。


自然をないがしろにしたまま
便利さだけを優先した
人間の犯した罪は、
あまりにも
大き過ぎたのかもしれない。

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コツコツ少女の名前、「まれ」がそのドラマの主人公であり、朝ドラのタイトルである [コラムエッセイ]



NHK朝ドラのタイトル
「まれ」は、
主人公の女性の名前である。

「コツコツ少女」が
大きな夢を見つけ出す物語だ。


その彼女の夢とは
「パテシェになりたい」というものである。


mare.png


2,020人のオーデションから選ばれた
ヒロイン津村(つむら)希(まれ)役は、

土屋太鳳(つちや たお)。


本年2月3日に20歳という
成人ほやほやの女優である。


【スポンサードリンク】






彼女はNHKドラマと共に
成長してきたと
自他共に
認める女優でもある。


テレビドラマデビューが
NHK大河ドラマ
「龍馬伝」で
彼女が14歳の時である。


龍馬の姉、乙女の少女時代を演じた。


その後NHK連続テレビ小説
「おひさま」や
「真夜中のパン屋さん」、
「今夜は心だけ抱いて」と
NHKドラマに立て続けに出演。


昨年のNHK連続テレビ小説
「花子とアン」では
花子の妹役
“もも”を演じた。


「まれ」ヒロイン発表会見の
インタビューで

土屋太鳳自身が答えて言った

「本当に地道にコツコツやってきた」

というのが
このドラマのテーマでもある。


ドラマでは
主人公の父
津村徹の影響で

希は
夢をみることに対する
アレルギー症状となり

反動的に

「人生は地道にコツコツ」

となったようである。


その父
「津村 徹」に大泉洋

その母
「津村 藍子」に常盤貴子

希の弟
「津村 一徹」に葉山将之


津村一家が
夜逃げ同然に移住した
石川県の能登半島
輪島で繰り広げられるドラマ。


その地での運命的な出会が
希の夢を羽ばたかせることになる。


その助け手となる
「桶作 文(おけさくふみ)」に田中裕子

その夫
「桶作 元冶(おけさくがんじ)」
に田中泯(みん)


その他、多彩な出演者が
希を際立たせる。


【スポンサードリンク】






土屋太鳳は
役作りの為に
今までトレードマークだった
長い髪を
バッサリと切った。


そしてヒロイン役の彼女が
作詞した主題歌

「希空~まれぞら~」

が流れるのも
朝ドラ始まって以来のことである。


この作品は
私がこのブログで以前に
アップした

「コツコツタイプって 意外と攻撃型人間じゃないの?」

で書かせていただいたように

かなりアクティブなドラマになって行く
のではないか。


いよいよ明日、
スタートする。




執筆年月日 2015・03・29





【スポンサードリンク】




タグ:まれ
nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

生涯所得、平均的なサラリーマンで一体どのくらいだろうか? [コラムエッセイ]



現時点(西暦1999年)での、
平均的なサラリーマンの生涯所得は、
一体どのくらいだろうか。


以前、私は、
その金額を試算したことがあった。


非常に大雑把ながら、
だいたい2億円から3億円の間
だろうと思われる。


3okuengensun00.jpg


数十パーセントは、
税金等に持っていかれ
ほんとうに自分が使える金額など、
1億円にも満たない。


7、8千万円くらいしかないかもしれない。


こんな試算はあまり正確に算出したくない。


なぜなら、
非常に侘びしくなるからだ。


【スポンサードリンク】






生涯所得、
などと考えるだけでも厭なのだが、
あくせくやったところで一生で、
どれだけ違うのかを知りたかった。


特にいまのような不景気なご時世では、
昇給はほとんどないし、
下手をすると賃金ダウンになる。


ならばこれからの人生、
もっと楽しみ方を考えるべきなのではないか。


人間いくつになっても遅すぎる、
ということはない。


志を持ってすれば、
年齢は関係ない。


と、いわれるが、
時と場合による。


定年になってからでは、
遅すぎると思う。


今から考えるべきだ。


私は作家になる、
ということがもたらす効能で、
今のサラリーマン生活に
あまり負担を感じなくなった。


いつか、
それもかなり近い内に
サラリーマンを解放される、
と思うと、

逆に残されたサラリーマンの日々を、
楽しみながらエンジョイしている
ような気分にさえなる。


何も私のような願望だけでなく、
色々な考え方があると思う。


なんでも良い、
と思う。


何しろ、
ほんとうにたった一度の人生なのだ。


50をすぎたら
自分のやりたいようにやっても
いいじゃないか!
といいたい。


【スポンサードリンク】






そういう意味でも、
私くらいの年代(49)が、
もうギリギリなのかもしれない。


ただし、
強い情熱と継続力がなければ、
いくら若くても
うまくいかないことはいうまでもない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
325日目の記事である。

執筆年月日1999・03・29
ブログアップ日 2015・03・29





【スポンサードリンク】





【後 述】

本当に年齢ではない。

信念と継続力に尽きる。

それでどういう結果が出ようと、
それがあなたに与えられた人生である。

nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ごみ、生活自体を脅かしているゴミ [コラムエッセイ]




私の幼いころに、
誰がこんな事態を想像しただろうか。


と思えるほど急速に、
ごみの問題は生活自体を脅かしている。


gomi.png


来年2000年からの、
容器包装リサイクル法施行が決まった。


先日、仕事柄、
その説明会に行く機会をえた。


まだ数多くの
ポイントになることが決まっていない中で、
通産局の専門官が講師となり、
説明会は始まった。


【スポンサードリンク】






聞いていても大筋がみえない。


誰かが

「もっと大筋を説明してくれなければ、
良く解らない」

と、講師の説明半ばで声を出した。


すると、何人かが質問をし始めた。


会場は講師の声よりも、
聴講者の声が大きくなり始めた。


会場の袖にいた、
進行役の若い係官はたまりかね、

「質問は説明終了後、
ということにしていただきたい
のですが、……」

と、質問を制止しようとしたが
収まらなかった。


説明会が終わって分かったことは、
要は施行しようとしている当事者たちが
良く解っていない、
ということだった。


法制化しようとしているのに
実態を良く解っていない。


そんな状態で、
立法化する政府も政府だし、

制止するなり、
協力して行くなりしない、
財界も財界だ。


もしかしたら、
財界は何らかの動きを示した
のかもしれないが、
そうだとすれば、

なおさらお粗末極まりない、
としかいいようがない。


いずれにしても、
こんな事態を誰も近年まで
予想していなかった。


何とかなるだろう、
という日本人の精神構造が、
悪い方に転んだ結果のひとつだろう。


【スポンサードリンク】






なおさら悪いことに、
施行を決めてしまった。


おしりを決めてしまえば、
皆何とかやってくれるだろう、
というケ・セラ・セラ行政の、
最たるものになってしまうこと確実だ。


21世紀はそんなことでは生きられない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
324日目の記事である。

執筆年月日1999・03・28
ブログアップ日 2015・03・28





【スポンサードリンク】





【後 述】

21世紀はそんなことでは生きられない。

そう書いた16年前だったが、

いま、

その膿がたまり腫れ上がり
生きてはいるが
いつ滅んでもおかしくない
社会になっている。

どんどん社会の寿命を縮めている。

あらゆる

ごみ

が、捨て場を失って
大気の中で浮遊している。

リサイクル法など何の効果もない。

それでも形のあるごみは
まだ分かり易い。

目に見えないごみは
一番始末が悪い。

nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

50歳、特別な年齢である [コラムエッセイ]



英国人から、
50歳は特別な年齢である、
ということを聞いた覚えがある。


50ager.png


その詳細は聞き逃した。


それでは何の意味もないではないか、
といわれるかもしれない。


何が言いたいのかというと、
世界中で
年齢に何らかの意味をもたせている、
ということだ。


【スポンサードリンク】






生きて行く節目、節目に、
道しるべ的な人生の知恵が
言い伝えられている。


それは国や地域によって
差はあるだろうが、
前向きなことが多いのではないだろうか。


私も本日、
ジャスト50歳になった。


ますます前向きな人生
を送りたいと思う。


信長の時代、450年くらい前は、
人生50年といわれたようだ。


でも400年前に、
家康が関ヶ原の戦いで勝利し、
天下を手中に収めた歳は60歳。


当時でも70歳、
80歳という人もいた。


いまは人生80年と言っても良いだろう。


つまりここから私の人生は、
仕上げの段階に入って行く。


晩熟な私は、
20歳までは
何が何だか分からずに生きてきた。


20から50までは、
あまり自分を顧みずに生きてきた。


家族のため、
子供のためとはいわないが、
所帯を持てば自然なことだろう。


【スポンサードリンク】






これからが、
自分自身で
人生のクライマックスを
演出するときだろう。


いままで溜め込んでいた
多くのことを吐き出し、
形にして残してゆく。


そういう作業を
あと30年かけてやってゆく。


充実した時を、
他人のために尽くしても良し、
ただただ自分のために費やしても良し。


その両方に使っても良し。


いずれにしても
これからの一年一年は、
何よりも貴重な瞬間になるだろう。


自立しなければ、
真実の人生は
自分には分からないだろうと信じ、
まっしぐらに進む。




私がこの記事をかいたのは、
約15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
614日目の記事である。

執筆年月日2000・01・12
ブログアップ日 2015・03・27





【スポンサードリンク】





【後 述】

現代の日本男性の
平均寿命から言っても

50代というのは
最も心身ともに
充実した年代かもしれない。

現在
私は60代の半ばになるが
この歳になって
それを強く感じる。

現在50代の方々よ!

存分に、思いっきり
あなたの人生を謳歌して欲しい。

nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

カンパニーと株式会社、カンパニーには交際、仲間という意味もある [コラムエッセイ]


英語圏の国では、
会社を通常カンバニーといったりする。


会社という意味だが、
その他に交際、
仲間という意味もある。


ce5121ab8de294a02b46447e2c1.png


日本語の会社という漢字からは、
交際、仲間というイメージは
まったくわいてこない。


日本語の株式会社という名称は、
組織の仕組みを端的に表しているだけだ。


しかしカンパニーは、
いかにも仲間という、
暖かみのある響きがある。


【スポンサードリンク】






しかし実際は、
株式会社よりもカンパニーの方が、
株価について株主がうるさかったり、
三ヶ月ごとに決算をやったりで、
組織の機能を現実的に問われることが多い。


日本の株式会社は、
株主がそれほどうるさく
株価について問わないし、
半年ごとの決算が一般的である。


でもここ最近は
うるさくなってきたほうか。


日本においてこういうことは多い。


つまり本質よりも
格好を優先してしまうことだ。


本質からいったら、
日本の株式会社などは格好だけで、
本来の機能を果たしているとは
いえないかもしれない。


株主は市場で株を買ったら、
本来は株価をよく見ている必要がある。


しかし一般株主の場合、
ただ、毎日の株式欄を見て
一喜一憂するていど。


良くて情報如何によっては売り、
買い替えに走るくらいではないか。


また、
株主総会に出席などしないのが、
一般的なパターンだろう。


【スポンサードリンク】






これらのことは、
日本のサラリーマンのあり方を
象徴しているように思えるのである。


つまり、
サラリーマン以上でも以下でもない、
ただただサラリーマンに徹してきた。


それだからこそ
日本は戦後奇跡の復興を遂げた、
とよく言われるが、
もういいだろう。


日本にも、
もっと個性的な一生を目指す人が
増えてもいい
世紀に突入する。




私がこの記事をかいたのは、
約16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
210日目の記事である。

執筆年月日1998・12・04
ブログアップ日 2015・03・26





【スポンサードリンク】





【後 述】

あれから変わったことも色々ある。

株式の取引がネットで可能になったり、
1円でも設立することができるようになった。

上場もある意味
昔ほどうるさくなく
安易に上場させてしまう
きらいさえある。

この先
10年後には

カンパニーも
株式会社も

その本来の役割を果たせるだけの
力を備えていることが
できるのだろうか。

nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

春いちばんが吹かずとも春は来る [コラムエッセイ]




今年は未だ
「春いちばん」の声を聞かない。


そんな風が吹かずとも
春は確実にやって来る。


まあ、いずれにしても
自然の流れを
人が春一番と呼んでいるだけなので
どうでもいい、
と言えば

どうでもよいのだ。


しかし
間違いなく
春は来ているのである。


【スポンサードリンク】






P1010306.JPG


P1010307.JPG


P1010308.JPG


P1010309.JPG


P1010310.JPG


P1010311.JPG


P1010312.JPG


P1010313.JPG


P1010314.JPG


P1010315.JPG


この花たちの躍動をみて
春遠からじ
とは言えない。


最近かみさんと
再びウォーキングを続けている。


今日で三日目だ。


真冬は夜明けが遅い。


やっと
このところ

天気の良い日であれば
朝5時を過ぎた頃から
白み始める。


「そろそろ始めよう」
とどちらからでもなく言いつつ
継続的なウォーキングを再開したわけだ。


以前も紹介したことがあるが、
ウォーキングコースに
団地内の公園があり

そこの花たちが
嬉し咲きを始めたのだ。


【スポンサードリンク】






春は三、人、日と書く。


いろいろ自由に解釈してみた。


家族三人が団らんのひと時を
過ごす日。


親しき友が
久しぶりに三人揃う日。


三人兄弟で
会社を起業した日。


一人で籠っていた
冬の寒さから

外へ出てみると

自分と同じようにしていた
人がひとり、またひとり

そして三人揃う、そんな日が春だ。


さらに次から次へと
人が外へ出てくる。


そんな季節が春だ。


私たちには
そんな季節でさえ
来るのを
待つしかできないのである。


こちらから
春を引き寄せるのではない。


そんなことをしなくとも
必ず春の方から
やって来てくれるのである。


よく人間は
毎日毎日同じような生活には
飽き飽きする、

というようなことを
口走る。


しかし、季節をはじめ
大自然をよく見てみるがいい。


ほとんど規則正しく
同じことを繰り返している。


それも淡々と
着実にその使命をこなしているのだ。


そんな自然を人間は壊してまで
生活に変化を求めるのか。


もういい加減に
自然と共に生きようよ。


久しぶりに
早朝の清々しい空気を
胸いっぱい吸い込むと、

そんな気にさせる
ウォーキングであった。




執筆年月日2015・03・25





【スポンサードリンク】





nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

小説なんて何になる、男子一生の仕事にあらず? [コラムエッセイ]




昔、
とても著名な男優が、

「俳優は男子一生の仕事にあらず」

と言った。


男子一生の仕事、
て何だろう。


danshi.png


男子一生の仕事はあっても、
女子一生のそれはないのか?


実業家や政治家になることか。


なんでもいいから大成功をすることか。


【スポンサードリンク】






そういう意味では、
物書きなんて大した仕事ではない。


男子が一生かけてするような
大げさなものではない、
のかもしれない。


作家で政治家や、
タレント、コメンテーター等々、
多彩な兼業をしている人間は多い。


小説などは片手間に書いているのか。


現在は小説が売れない時代だ。


よほど宣伝されるか、
たまたま話題になるかしない限り、
なかなか部数は伸ばせない。


読者が手にしても読後、
どれだけの感動があるのか。


単なる恋愛、ミステリー、
推理、だけではないのか。


日常生活になくてはならないか、
と問われれば、

「特に必要もないだろう」

と答えてしまいそうだ。


ならばなぜ、
書こうとしたのか。


無意味な仕事を、
一方では天職とまで考えているのか。


私にもよくは分からない。


読者に役立つような小説など
あるとも思えないし、
そんなものを書こうなどとも
思っていない。


ならば自己満足に過ぎないのだろうか。


もしくは単なる生活手段なのか。


本当に、
小説なんて何になるのだろう。


【スポンサードリンク】






私があまり読まないのも、
面白くないからだし、
だとしたら、
私の書くものがそれ以上になるとも思えない。


けれども書いている。


読み返す。


私の作品だから読み返す。


面白いのか、
ためになるのか、
読者が付くのかも分からない。


音楽や絵画とどう違うのか。


書き手と読み手の個と個、
ただそれだけかもしれない。


それだけでも良い。


そう思って
何になるのかわからないものに、
私は全力を傾けている。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
687日目の記事である。

執筆年月日2000・03・25
ブログアップ日 2015・03・25





【スポンサードリンク】





【後 述】

たしかに
ますます
紙の本というものが
少なくなってきた。

かと言って
電子書籍が飛ぶように
売れているのか

と言ったら
そんなこともない。

要は
文字を読み進む力が
だんだん衰えて行っているのか?

nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
マネーパートナーズで口座開設