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漢字検定、ワープロやパソコンを使う人と原稿用紙に直接手で書いている人 [コラムエッセイ]


最近脚光を浴びているもののひとつに、
漢字の見直しがある。


作家の間でも、
ワープロやパソコンを使う人と、
原稿用紙に直接手で書いている人
といるようだ。


原稿用紙派は、
自分の手で書いているときに、
様々なアイデアがひらめくという。


ワープロ・パソコン派は、
いまさら手書きはできないという。


私はもちろん現状からいって後者になる。


でもワープロやパソコンで入力していると、
漢字を忘れることは否めない。


ほとんど分からなくなっているのではないか、
と思うほど、

いざ手で書いてみると書けない。


憶えもおぼろげで、
漢字が画面に出てきて、
初めてそれが正しいのかどうか判断をする。


しかし、
ときどきどれが正しい漢字なのか、
分からなくなることさえある。


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娘が漢字検定試験を学校で受けてみる、
と張り切っている。


kanjikentei.png


いいことだ。


特に若い人たちは、
私たちよりも漢字に接する
機会が少ないと思う。


どんどん受験して、
漢字を知ってもらいたいものだ。


漢字が日本人の文化から消えたら、
日本文学はなくなってしまうのだろうか。


平仮名、カタカナという文字が残っても、
漢字から派生したもので、
主食と副食くらいの違いがあり、
文学書としての体を成すかどうか。


いまや、
主食の米にしても、
パンなどに
その座を奪われようとしている
時代ではないか、

という見方もできないことはない。


もし米が食卓から消えてしまったら、
日本は食文化だけでなく、
あらゆる事物が大きく
変わってしまうことだろう。


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私もいつか
漢字検定試験を受けてみようかな、
と考えるようになった。


機会があれば書なども学び、
せめて漢字を
身体で書くことを
忘れないようにしておきたい。


一度、
手書きの原稿用紙で投稿してみるか。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
723日目の記事である。

執筆年月日 2000・04・30
ブログアップ日 2015・04・30





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【後 述】

結局
あれから漢字検定の
受験はしていないが、

最近は
クイズ番組などで
漢字のクイズを出しているのを
よく見るようになった。

これは良いことだと思う。


やはり、
日本人である以上、
どんなにIT機器や
通信技術が進化しようとも

漢字の読み書きがある程度
出来た方が良いと思う。

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サラリーマンにとってのスポーツとは? [コラムエッセイ]


サラリーマンにとって、
スポーツといえば

テレビの野球観戦、
ゴルフ観戦を代表にした、
観戦ものが一番身近だろう。


自分でプレイする
実践ものの代表は、
ゴルフだろうか。


しかし自腹をきるには、
月に一度できれば良いほうだ。


そこで仕事に便乗というのが多い。


果たして
これがスポーツになっているのだろうか。


緑の中、
距離にしたら
数キロメートル歩くわけだから、
健康的な気もするが、
実際はどうなのだろう。


それとも
近くのスポーツセンターなどに行って、
水泳や軽い運動を
人工的な機械でやるほうが健康的なのか。


各人に合った運動が良いのは分かっている。


そうは思っても、
すぐに適当な運動がみつかるわけではない。


うろうろしている内に
月曜日を迎えているのが現状だろう。


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私の年齢(執筆時:48)くらいだと、
軽いストレッチ運動と
ウォーキングが良いようだ。


walking.png


ストレッチは、
自分に合った組み合わせで毎日継続する。


ウォーキングは一生懸命歩く。


仲間と話しながらでも良い。
私はかみさんと歩く。


若いときに私はサーフィンをしていた。


一年中海に入り、
いたって健康であった。


しかし25年間、
サラリーマンの煙で燻(いぶ)され、
乾かされた皮膚・内臓は、
いまや瀕死の状態である。


突然むかしの感覚で動けば、
身体を壊すおそれがある。


何しろ筋肉が硬くなっているわけだから、
ほぐしてやるようにして
毎日続けなければならない。


軽い運動を日々の生活に加えてゆく。


自分自身で自分の身体を守り、
やがて来る解放のときに備える。


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いずれにしても
身体の管理くらい自分でできなければ、
とうてい良い仕事は望めない。


あれが良い悪い、
これはどうだ、
とあれこれ考えるのは後にしよう。


まずは実際に
身体を動かしてみることだ。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
3日目の記事である。

執筆年月日 1998・05・11
ブログアップ日 2015・04・29





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【後 述】

やってみたり、
休んでみたり、
止めてみたり、

また思い出して
計画をたてて

やってみたり、
休んでみたり、
止めてみたり、

この繰り返しで、
人生…………

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時刻表、スケジュール、タイムテーブル [コラムエッセイ]




明日、
わが家の例年行事である、
武蔵丘陵の森林公園へ行く。


自転車に乗ったり、
歩いたり、初夏を待つ花をみたり、
弁当持ちで清々しい空気を吸ってくる。


私は車がないので、
バスと電車を乗り継いで
そこへ行かなければならない。


そこで毎年問題になるのが、
休日のバスダイヤだ。


bustimesch.png


休日なので、
1時間に2台か、
せいぜい3台しかこない。


時刻の選び方によっては、
1時間近く待たなければならない。


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前日に、
時刻表を調べておけば良いのだが、
いつも忘れてしまう。


そこで本日はバス停まで行って、
事前に時刻表をチェックした。


ノートに記入していて思ったのだが、
日本はバスでさえも、
時刻表に合わせ、
かなり正確にやってくる。


だからこうして調べにくる価値があった。


しかし、
色々な国を回った限りでは、
日本のようにあれだけ詳細な時刻表通り、
忠実にやってくる乗り物は少ない。


特に、朝の電車運行は神業に近い。


あれだけ間隔の短い中で、
きちんと発着させているのは、
外国人からみれば驚きの何物でもないだろう。


それだけに、自然現象に弱い。


コンピューター制御をしているので、
雨や雪が強く降れば、
ホームに停車している時間も長くなり、
その結果ダイヤに大混乱を来す。


ちょうど現代サラリーマンの境遇に
似ているではないか。


teinenjikokuhyo.png


会社人間として、
定年までの時刻表を持っていた人が、
会社の倒産やリストラ
(これも極端にいえば、自然現象的である)
によって、

約束されていた流れが狂い、
大混乱になる。


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与えられた時刻表などは、
自然現象に振り回されるだけで、
何の役にもたたない。


これからの時刻表は、
自分自身で作成、
さらに修正し、
人生行路を自己判断で
運転してゆかなければならない。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
355日目の記事である。

執筆年月日 1999・04・28
ブログアップ日 2015・04・28





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【後 述】

自分の時刻表を作ったはいいが、
何度も何度も書き換えているのは
如何なものか?

いや、
それでも
他人に書き換えられるよりは
全然良い。


書き換えて
更に
価値観も書き換えているうちに

本当に必要なものは
何なのかを
知ることができるからである。

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世襲と人材育成 [コラムエッセイ]



取引先の
営業マンたちからよく聞く言葉に、


「うちは人を育てるのが下手ですね。
なぜ部下をもう少し
大事にしないんですかね」

とか、

「うちは世襲の社長だから、
みんなやる気ないですよ」

等々がある。


世襲と決まっている会社では、
社員の士気が削がれるのは否めない。


seshu.png


必然的に部下の指導、育成も、
いまいち力が入らないのだろう。


皆自分のことだけしか考えなくなる。


そして世襲の人たちを見て仕事をする。


なぜ部下を
上手に育てようとしないのだろう、
と若いときは思っている。


年を経るたび、
いつしか厭だと思っていた上司に
成り下がってしまう。


本人も育っていないのだから、
外では使い物にならない。


自分を
特定の会社用に作ってしまっている
わけだから、

仕方がないといえば仕方がないのだが。


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また、
人材が育たないと言っている人も、
実際には育てていないし、
自分自身努力もしていないケースが多い。


私は営業をやってきました、
総務をやってきました、
購買をやってきました、
と自分の履歴を口にしたとき、
果たして他社へ行って
使えるだけの実力になっているか。


つまり経験した職種であれば
どこへ行ってもすぐに通用するかどうか、
ということになるが、
はなはだ疑問である。


特にこういう時代は、
上司が育ててくれない、
などと他力本願に構えていたら、
一生その会社にいなくては
ならなくなってしまう。


自分の実力に合わせて、
常にブラッシュアップしてゆくことなど、
夢のまた夢になってしまい、
最初に入った会社と
心中しなくてはならなくなる。


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サラリーマンでも、
その道のプロになれば、
充分にサラリーマンを超越できる。


すなわち自分が
会社を運営するようになれるのだ。


解放という次元には及ばない、
と思うが。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
720日目の記事である。

執筆年月日 2000・04・27
ブログアップ日 2015・04・27





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【後 述】

世襲が伝統を造る
ということを考えると

決して悪いことだけではないが、
サラリーマンに伝統は不要であろう。

しかし
人材育成は絶対不可欠である。

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出てこない、今日のタイトルと知恵 [コラムエッセイ]



今日のタイトルが出てこない。


もう30分も経っているのに、
パソコンの前で、
腕組みするばかりだ。


最近こんなことはなかった。


初めてのタイトルに違いない、
と検索してみると、
以前に使用していたりする。


タイトルも700を超えれば、
似たようなものになっても
致し方なしと考えるべきか。


自分の才能に限界を感じるならば、
まだ救いようがあるのかもしれない。


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私は才能を
そんな短絡的には考えない性質なのだ。


それが良いのか、
悪いのか、
いまは分からない。


まだまだ努力が足りない。


創造力不足よりも練習不足なのだ。


朝晩のラッシュアワーで
思いついたタイトルやアイデアを、
電車から降りたとたんに忘れてしまう。


仕事中以外は
いつも小説やエッセイのことばかり考える、
という訓練にもまだ慣れていない。


でも以前よりは
小説やエッセイのことを考える
時間が増えたように感じている。


ただそれが理にかなったものかどうか、
自分で判断できない。


何しろ、
できる限り、
むりやりでも
書くことを考える癖をつけているだけだ。


それで良いのかもしれないが、
果たして短期間に目標が成就できるか
といったら、
すこぶる疑問であるといわざるを得ない。


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もちろんいくつから始めても
遅いことはない、

と頻繁に私は書いてきた。


しかし20歳と50歳では、
自とやり方が違ってしかるべきだ。


それが自己流だからよく分からない。


暗中模索で、
ただ書いている。


出てこない、
というのはある意味では
焦りがあるからかもしれない。


やはり頭の隅で、
歳を感じているのだろうか。


現実の生活を考えると、
どんな独立であれ
そんな簡単にはいかない。


知恵よ、
出てこい!


chie.png




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
717(2)日目の記事である。

執筆年月日 2000・04・24
ブログアップ日 2015・04・26





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【後 述】

出すばかりが
良いわけではない。

出尽くしたら
それで終わりだからだ。

溜め込んでおくことも
必要だろう。

しかしその際は、
便秘にならぬよう
気をつける必要がある。

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秩父羊山公園・芝桜の丘、遊歩紀行 [コラムエッセイ]



昨日から
かみさんと

今日は
久しぶりに行楽だ!

と言って

朝ワクワクしながら起きた。


行き先は
今が盛りの
羊山公園
芝桜の丘である。


00zenkei.jpg


この景勝の公園には
かつて娘を連れだって
かみさんと
3人で4~5年前に訪れた。


その時も見事であったが
今日もその見事さは
期待を裏切らなかった。


私とかみさんは電車で
西武秩父駅で下車。


ここから目で見る
遊歩紀行が始まる。


まずは駅前の案内地図。


01ekimaeboard.png


そしてここから急勾配の坂を上る
ことになってしまった。


この時思い出したのだが、
娘とかみさんと3人で来た時には
西武秩父駅の

手前の駅
横瀬駅で
下車したのだ。


従って
このような急勾配の
坂を登らずに済んだのだ。


急勾配の坂
松坂の入口の案内ボード。


02sakaannai.png


写真ではあまり感じない
というよりも私の写真の撮り方が
下手なのかもしれないが、

何しろ急勾配なのだ。


坂の途中右手に休み所がある
ことからも
その急坂を感じてもらいたい。


03sakayasumi.png


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やっと着いた。


これが入口の前にある
案内ボードだ。


04entrance.png


入園料金は300円。
二人でしめて600円。


いただいた入園券である。


05enticket.png


入園券と一緒に
羊山公園の写真や羊の写真が
入った絵葉書をくれた。


06entletter.png


入園すると目の前にあったのがこれ!


07tulips.png


そしてすぐに広がる芝桜の

まさに丘である。


08shibazakura.png


もう時は正午になっており
入園者たちは昼食の真っ最中。


09zenkei.png


私たちも
持参したおむすびを
ほおばろうと

あまり込み合っていない
場所を探し座った。


10toimen.png


食後、
芝桜の写真を連写。


11shibazakura1.png


12shibazakura2.png


13shibazakura3.png


こんなかわいい
芝桜のデザイン花もあった。


14design.png


全景も
遠くから見るとそれぞれデザイン
されている。

この写真の白い芝桜は
ハートを形作っている。


15zenkei2.png


この公園の中には羊もおり
入園者たちに愛嬌を振りまいていた。


16sheep.png


また、乗馬できる
ところもあり、

家族で行っても
一日充分に楽しめる公園である。


17horseriding.png


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帰りは
横瀬駅から乗車した。


この駅にたどり着くまで
少々道に迷ったりもしたが
何とかホームに入ることができた。


18yokoze.png


この駅で目についたのは
三菱セメントの横瀬工場と


19cementfac.png


その材料である
石灰石の白肌をあらわにした
武甲山が望めた。


20mountain.png


帰りの電車では
二人でぐっすり。


良い一日であった。




執筆年月日 2015・04・25





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品質保持・消費・賞味期限 [コラムエッセイ]




商品にはほとんどの場合
期限が付いている。


特に食品は、
神経質と思われるほどの
気の遣いようだ。


昔は長く置き忘れてしまった食品などは、
自分の目、鼻、舌で、
その食品が食べれるかどうかを
判断したものだ。


freshfood.png


今は冷蔵庫で保冷しておいても、
賞味期限が一日でも過ぎたら
捨ててしまう人もいる。


表示の意味から言って、
品質保持期限を過ぎたものは、
捨てるべきかもしれない。


消費期限を過ぎたら、
注意すべきだが、
二、三日の経過ならば、
自分で判断する余地は充分にある。


賞味期限は、
多少経過していてもそれほど心配ない。


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それぞれに対し、
私は上記のように思うが、
読者諸兄はどう思われるか。


文筆作品には、
品質保持も消費・賞味期限も
付いていないが、

敢えて付けていないだけで、
実際にはあると思う。


もちろんいつ読まれても新鮮で、
時代を超えた読者の目に耐え得る、
素晴らしい作品もある。


しかしほとんどの場合、
乱暴に言えば消費物だろう。


話題性のある、
現代社会の問題を取り上げた作品は
消費期限が短いだろう。


青春小説のように、
年代による賞味期限があるものもある。


永遠のテーマである、
男と女や、生と死などを扱った
作品の品質保持期限は、
ある程度長いかもしれない。


消費期限も賞味期限も品質保持期限も、
すべての期限が長い作品は、
文学史に残るような名作をいうのだろう。


しかし私は小・中・高と12年の間に、
国語の教科書に出てきた小説で、
印象深かった作品は何ひとつなかった。


何が載っていたのかも記憶にない。


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さすれば
作品の品質保持・消費・賞味期限は、
読者に委ねられることになるのだろう。


私の作品などは期限云々以前の問題で、
まず消費するために
購入して貰うことが先決だ。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
718日目の記事である。

執筆年月日 2000・04・25
ブログアップ日 2015・04・25





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【後 述】

この地球上の
食物に対する格差は
想像を絶するものがある。

現在の日本のような
賞味期限や消費期限が
どうのこうのと言える国、

腐りかけた食物でさえ
口に入らないほど
食べることに貧している
国もある。

朝起きて
三度の食事をいただき、
夜ふとんの中で
床に就ける

このことが
如何に
有り難いことか

いま一度
かみしめたい。

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健康適齢期 [コラムエッセイ]



人間にとって、
一番健康でいなければならない時期は

いつだろうか?


もちろん、
いつも健康でいられるに越したことはない。


しかし生身である以上、
すべての人がそういうわけにもゆくまい。


健康適齢期は、
男性と女性でも違うだろう。


また置かれた境遇によっても
異なってくるだろう。


当然のように物質面、
精神面、
経済面等々、
個人個人が抱えている
条件によっても左右されるだろう。


一般的に言えば、
男性は30代、40代、
つまり働き盛りといえるか。


女性は、20代、30代、
つまり子供を産んで育てる時期といえるか。


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双方とも、
心身ともに
一番大変で忙しい年代である。


実際はこの時期、
私たちは
健康に構ってなどいられなかった。


何しろ、
日々暮らすのに忙しく、
自分のことなど、
そっちのけだった。


つまり健康に注意など払っていなかった。


しかし、
大病もせずに乗り切ってこれたのは、

結果論ではあるが、
心身ともに健康で丈夫だった、
ということになる。


私たちが
自分の健康に気を遣うようになるのは、
男性は定年後、
女性は子育て後、
ということになろうか。


kenkotekireiki.png


特に女性は更年期あたりから、
健康に気を遣う個人差も
甚だしくなるのだろう。


私たちは、
健康に一番気を遣わなければならない時期に、
不健康になるほど働いて
身体を壊してしまうことがある。


健康適齢期を上手に乗りきらないと、
高齢を迎えたときに
そのつけは必ず回ってくる。


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死に際まで健康でいたいのは、
誰しもが願うところだろう。


ましてや使命感をもって
生涯やり続けたい仕事でもあれば、
なおさらのことだ。


つまり私は今、
健康適齢期であるといえる。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
717日目の記事である。

執筆年月日 2000・04・24
ブログアップ日 2015・04・24





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【後 述】

寿命が延びた分だけ
健康適齢期も延びたのだろうか?

いずれにしても

頑張らない、

無理しない、

成り行きに任せる、

流れに逆らわない、

いわゆる
自然流が

その時期をも忘れさせてくれる。

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更年期とは更なる年代へ突入する時期のことである [コラムエッセイ]



文字通り、
更なる年代へ突入する時期のことを、
更年期というのであろう。


一般的には40歳から55歳ごろで、
女性の生理などが止まって
初老期に入る境目、
ということになる。


konenkijosei.png


肉体的・精神的に、
急激な変化のみられる時期でもある。


女性にとっては、
お産や更年期は、
人生の喜びも悲しみも蓄積した、
肉体の大変化で、

ことによっては、
人生すら変えてしまう結果になる。


男性が考えている以上に、
大変なことなのだ。


では男性の場合はどうか。


実際に、
男性にも更年期はある。


konenkidansei.png


女性ほどではないにしろ、
身体の変調をみる時期でもあり、
成人病が多く発見される時期でもある。


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公私共に一番忙しい年代でもあり、
食生活も接待等が重なり、
美食になりがちだ。


ストレスもピークになり、
そんな状態が慢性的になる。


いずれにしても、
人間50年近く生きてくれば、
身体も古びてくるのは当然だ。


故障がひとつやふたつあっても
嘆く必要はない。


上手につきあってゆけばいいのだ。


自分の身体に共生している悪と、
上手につきあうのだ。


痛みがあったり、
忍耐もいるだろう。


でも死ぬまでつきあわなければならない
のなら、

うまくやった方がいい。


病気と上手につきあう境地を持てば、
病状を悪化させない気がする。


焦ったり、
迷ったりすることは、
更年期障害の促進剤になりうる。


わが首を絞めるような結果にもなる。


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もちろん、
医者にみてもらい、
必要ならば
薬も使用しなければならないだろう。


それでも自分がどう対峙するかが、
今後の人生を決めるといっても
過言ではないような気がする。


気持ちひとつで、
後の人生が暗転もし、
楽しくもなる。


そのためにも、
自分のライフワークは
できるだけみつけておくべきだ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
344日目の記事である。

執筆年月日 1999・04・17
ブログアップ日 2015・04・23





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【後 述】

まあ
昔と比べたら
食生活も変わっているし、

生活自体が変化している
わけだから

更年期も
その時期と
症状にも変化があるのかもしれない。

しかしながら
要は

身体は
肉体は

何十年も使用されているわけだから
おかしくなって行くのに
何の疑問が入る余地があろう。

衰えて行くのが
ごく自然なのである。

そのことに
抵抗することなく
受け容れて行く

これが最も重要なことになろう。

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解放のキーワード [コラムエッセイ]



本日、
新人賞の発表があった。


これは私にとっては
二度目の挑戦であった。


箸にも、
棒にもひっかからなかった。


受賞はおろか、
一次選考にすら残ることができなかった。


やはりちょっと落ち込む。


私は元来反省するのが苦手だ。


なぜ駄目だったのか、
というようなことを
チェックしたりするのがうまくない。


学生時代、
テストの答案用紙を返してもらっても、
それを見直して成績を上げて行こう
などと考える性質ではなかった。


とはいえ、
もの書きになろうとしている者が、
そんなことを言ってはいられない。


自分の作品をよく分析し、
今回の受賞作品を読み、
選評を分析し、
次回の挑戦に役立てたい。


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もう作家を目指してから約2年経つ。


ほんとうにこんなやり方で、
目指す生活費を稼げるようになれるのか。


現状サラリーマンでも、
家族が路頭に迷わないていどの
実入りはある。


作家になって
いまの収入を得るとしたら、
かなり大変なことになる。


ましてや、
いまのように活字離れがひどく、
出版業界自体も不況の真っ只中にいる
とすればなおさらである。


年間3冊から4冊の単行本を
書き下ろしで出版し、
各部数も一万部前後の量がなければ、

原稿料と印税をあわせても、
いまサラリーマンで得ている収入に
追いつかない。


サラリーマンを解放する

最大のキーワードは

「収入」

である。


keyword.png


少なくとも
現状生活レベルを下げない
「収入」があれば、
サラリーマンでなくとも良いわけだ。


それをどうやって、
何をして稼ぎ出すかが、
最大の問題である。


私はそれを
筆に託して
弛まぬ努力を続けているわけだが、
道は人それぞれだろう。


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また、
現状の生活レベルを見直すことも、
重要なポイントになってくる。


いずれにしろ、
仙人になることはできない。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
715日目の記事である。

執筆年月日 2000・04・22
ブログアップ日 2015・04・22





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【後 述】

かすみを食って
生活はできないだけに

ただ自由気ままに
やりたいことをしていれば良い
というわけにはいかない。

従って
過去においては
50歳~55歳定年で

あとは年金で
悠々自適という
今では
夢のまた夢のような話が
まあ、ほんの瞬間ではあったが
実現した。

しかし現在は

70代

いやひょっとすると

80代

であっても

職を求めて
走り回ることはできないから

歩き回ることもできなければ、

這いずり回らなければならない
かもしれない。

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