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話下手、話上手になりたければ、まずは聞き上手になることだ [コラムエッセイ]





「話下手、話上手になりたければ、まずは聞き上手になることだ」


私はどちらかといえば、
話下手な方だ。


人見知りする性質だからか。


しかし仕事になると話下手ではなくなる。


たまにだが、次から次と、
口を衝いて出てくる
名言ともいえそうな言葉に、
自分自身でも驚いてしまうことすらある。


hanashibeta.png


私が訪問販売などをこなせたのも、
なぜか仕事では
饒舌になってしまうからなのだろう、
とむかしは思っていた。


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それが違うらしい、
と気づいたのは最近だ。


よく喜劇役者が
家ではぶすっとしている、
というような話を聞く。


たぶん自分の普段と違った面を、
仕事という
隠れ蓑を着て演じているからではないか、

またはその逆か、

と思うのだ。


モードが切り替わってしまう。


ある意味では二重人格のような症状か。


人間は多分に、
そういう傾向があるのではないだろうか。


人格がワンパターンであるはずはない。


いくつかのパターンを演じているからこそ、
緊張が緩和され、
柔軟性をもって生きて行かれるのではないか。


私は話下手かもしれないが、
講演などという仕事を与えられたりすれば、
意外とこなせるような気もする。


小人数の中では人見知りして話下手でも、
何百人、何千人を前に、
平然と話してしまう可能性が
あるかもしれない。


仕事という仮面で自分を隠しきり、
まったく違った性格を
引き出すこともできるのではないだろうか。


自分に最適な仕事とは、
一体何なのだろう。


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話下手なら
書くことに専念したら
うまくいくかもしれない。


と思ったわけではないが、
こうして書いていると、
たしかに気が落ち着く。


書いていたほうが、
よく話がまとまる。


話下手であっても、
書き手にはなれる。


却ってその方が、
良いこともあるのではないか。


やはり、
講演などは考えない方がいいのか。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
784日目の記事である。

執筆年月日 2000・06・30
ブログアップ日 2015・06・30





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【後 述】

話は上手いに
越したことはない。

しかし
一方的に話すのは
話上手ではない。

いったん立ち止まって
考えてみよう。

まずは人の話を聞き容れ、
聞き上手になることだ。

これが
究極の話上手になれる
最短の道と言える
のではないだろうか。

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コンビニ、フランチャイズの弊害 [コラムエッセイ]





「コンビニ、フランチャイズの弊害」


正式には
コンビーニエンス・ストアといい、
縮めてコンビニと言っているわけだが、
日本語にすれば便利な店、
ということになろうか。


日本には、
1970代にアメリカから輸入された。


convi01.png


ハッキリした数字は把握していないが、
現在(この記事が書かれたのは1998年)、
全国に4万店舗以上あるのではないか。


昔の酒屋さんが
ほとんど
コンビニに変わってしまった感も
あるくらいだ。


当初は営業時間も
朝早くから夜遅くまでというものだったが、
24時間営業になり、

ほとんどの店が年中無休である。


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以前会社の近くに酒屋さんがあった。


そこの主人は、
酒屋だけでは
やってゆけないという理由で、

店のスペースを少し改造して、
うどん屋も営業していた。


私は昼食を、
週に2回くらいそこで食べたものだ。


それが3、4年前になろうか。


突然コンビニに変身してしまったのだ。


酒屋の主人が
レジに立っているではないか。


convi02.png


経営者が変わったのではなく、
酒屋をコンビニに変えてしまったのだ。


それが、
近くに予備校や専門学校があるため、
大当たりした。


連日昼の11時から午後1時までは、
満員の盛況だった。


1年後、
忙しさは衰えるどころか益々繁盛していた。


ある日、
私もそこで用を足した。


たまたまレジに主人がいたので、

「良かったですね、
こんなに盛況で。
儲かって笑いが止まらないでしょう」、

と冷やかすと、
もう辞めたいという。


金はもういらないから休みが欲しい、
という理由だった。


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アルバイトでも、
良い人に当たればいいが、
結局自分が休みなしで
管理せざるを得なくなり、

1年間休みなしだったという。


今後も永遠に休めないのではないかという、
恐怖にも似た不安感を持っていた。


人間とは勝手なもので、
飽くなき欲望との戦いだ。


店の乱立で、
客の取り合いが始まれば、
その不安感も種類を変えるに違いない。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
52日目の記事である。

執筆年月日 1998・06・29
ブログアップ日 2015・06・29





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【後 述】

まさに17年前の
予想通りである。

各種フランチャイズの店は
休みがないだけでなく
収入もこの17年前の
記事のようには入ってこない。

それこそ、
サラリーマンをやっていた方が
良かったなどという

サラリーマンから転身し、
独立して経営しておられる方も
おられるだろう。

店の量の飽和状態に加え
スピードが一番などと言って
出店してきた

弊害として発生した
サービス質の低下。

今まさに
これらフランチャイズ店の
正念場であろう。

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NHKのど自慢、小学生が出ているの見たことないけど出場制限ってあるの? [NHKのど自慢]


「NHKのど自慢、小学生が出ているの見たことないけど出場制限ってあるの?」


先週6月21日のNHKのど自慢は
いつもより中学生の出場者が多かった。


それを見ていたかみさんが、

「そういえば、
小学生の出場者って見たことないわね?」

と言った。


kodomonodojiman.png


私も
「そう言えば、そうだな……」


早速NHKホームページを見てみると

出場希望の場合は、

【中学生以上の、
 原則アマチュアの方なら
 誰でも応募できます】

とあった。


出場資格は、
年齢制限があり
中学生以上のようである。


つまり小学生はどんなに歌がうまくても
出場できないのが分かった。


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また、
今年から始まった
挑戦者の歌う曲名が、
歌唱中ずっと表示されているのは

いいね、

とかみさんと言っていたが、

最近、
さらに

その曲名の下に
それを歌っている
代表的な歌手名も
入れてもらえると
さらにいいよね、

と話していた。


nodojimantitle.png


さきほどの
NHKホームページの
出場者希望者の
応募要領では

郵便往復はがきの「往信用裏面」の
7つめに、

「歌う曲目」

そして8つめに、

「その曲の歌手名」

を書くよう求められている。


つまりこれは同様に
視聴者も「その曲の歌手名」も知りたい
ということなのである。


願わくは
NHKのど自慢スタッフの方に

今後は

「歌う曲目」の下に
「その曲の歌手名」をも

記載してもらいたいものである。


応募要領を読み進めると
さらにこんなことが書いてあった。


応募多数の場合は

予選定員250組を選出のうえ

予選会へのご出場をご案内します、
ということなのだ。


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つまり、
司会の小田切さんが

「昨日250組の予選を勝ち抜いた……」

と言って出場者20組
(私は250組も出場希望者がいたんだ!
などと驚いていたが)を紹介するが、

250組という場合は、

その
のど自慢に出場希望した応募者が
250組以上いた、
ということになるのである。


それは300組かもしれないし、
500組いたのかもしれない。


また

「会場には1,300人の方が……」と、

見に来ている人の数を
軽く紹介しているが、

その会場に詰めかけている
観覧希望者も

事前にはがきで応募している人たちである。

ということなどを考えると

この
日曜お昼どきの
45分間のライブは

とてつもなく
多くの方々の
織りなす番組なのだな、

と思い知らされた。


今後とも
国民的番組として
継続してもらいたい
ものである。




執筆年月日 2015・06・28





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【後 述】

出場者にとって

出場することが
これほど大変であのなら、

合格した時の嬉しさは

私たちが想像する以上の
喜びなのだろうな、

としみじみと思った次第である。

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出張旅行、特に海外出張は一人が良い [コラムエッセイ]





「出張旅行、特に海外出張は一人が良い」


仕事での旅行は一人が良い


よくつれだって、
列車や飛行機に乗っている連中をみるが、
いかにも日本のサラリーマン、
群れなきゃ何もできないという感じだ。


不景気の昨今、
会社にしても経費の関係で、
複数での出張は禁止、

ということになってきた。


私は元々つれだっての出張旅行は
好きではない。


また必要性も、
よほどの仕事でない限り、
あり得ないと思う。


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私はかつて、
仕事で海外へ出張することが多かった。


海外出張は言葉の問題で、
つれがいた方が
心強いと思うかもしれない。


しかし仕事で行くなら、
海外こそ一人旅がいい。


shucchou.png


取引先の人間と同行は致し方ない。


私のいう一人旅とは、
同じ会社の人間同士で
出かける必要性はないという意味だ。


昔、会社のトップ夫妻といっしょに、
海外出張をした経験がある。


どうしても
つれだって行かなければならない
必要があった。


しかし私よりも
トップ夫妻に気を遣わせてしまい、
逆に申しわけなく感じた経験がある。


つれだって出張すれば、
要らぬ気遣いを互いにしなければならない。


そんなエネルギーは、
本来の仕事に費やした方が利口だ。


サラリーマンの日常業務には、
この類がいかに多いことか。


独立した仕事というものがない。


必ず上司の判断を
仰がなくてはならないし、
部下にも
伝達しておかなければならないものが多い。


重要案件に至っても、
昔ながらの稟議書
(りんぎしょ:決裁承認を求める文書)が
まかり通る。


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上手に責任転嫁をできるか否かが、
サラリーマンの甲斐性、
とまで言ってしまえば
何をかいわんやである。


そんなつきあいであれば、
真の友人をつくったり、
尊敬できる人を探したりするのは
非常に困難であろう。


ひとりでやれる人が多くなれば、
少しはサラリーマンも
違ってくるのだろうか。


しかし、
ひとりだけでどう頑張っても
無理なのか。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
50日目の記事である。

執筆年月日 1998・06・27
ブログアップ日 2015・06・27





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【後 述】

昔は宿泊しなければ
行けなかったような場所でも
現在は日帰りできるような時代である。

それとは逆に

最近のニュースで知ったのだが、

東京のビジネスホテルは常に
予約で一杯で

ややもすると
訪問する会社から
電車で1時間以上もかかる
ホテルしか取れないことも
あるようだ。

仕事に行くのに
他のことにエネルギーを
費やさざるを得ない
ようになってしまっては
本末転倒になってしまう。

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100円ショップ、買うことの楽しさを教えてくれる [コラムエッセイ]



「100円ショップ、買うことの楽しさを教えてくれる」



いま最も元気がある小売店は、
家電の安売り店と、
若い人にも人気がある
100円ショップだろう。


100円ショップが飛躍的に伸びたのは、
いわゆるバッタ屋と
いわれる業者から仕入れた、

倒産品や売れ残り品、
果ては裏街道からきた商品
などを扱ったり、

安かろう、悪かろう、
で売っていた商品とは違うからだろう。


100enshop.png


100円で売る商品を真剣に考えて、
100円ショップ会社自身で
企画し、作り、売る。


品質にもかなり神経をつかっているようだ。


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本日、
家族で大型店へ行った。


商品の50点や60点は、
すぐ篭の中に入ってしまう。


締めてみると、61点も入っていた。


消費物というよりも、
今時100円で買えるという、
安心感と品揃えに圧倒されて、
まずは使ってみるか、
という感覚で
買わせてしまうような
勢いがある。


私などは勉強になる。


購買という業務をしている関係上、

商品をみれば、

原価がいくらか、

もしくは、
100円で売るとは随分儲けているな、

どうして100円でできるの、
とついつい考えてしまう。


本日行った100円ショップでは、

後者のどう考えても100円で作れるとは
思えない、

と驚くことの方が多かった。


かなり多くの物が、
東南アジアや中国製の物である。


いくら発展途上国で生産しても、
どうして100円で売れるのか
分からないような商品もある。


一回の生産量が大量であれば、
たしかに安くなる。


それでも感心してしまうような商品が
ずらりと並んでいた。


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いつどんなときにも
時代の
寵児(ちょうじ:時流に乗ってときめく人)
はいる。


時流に逆らわず、
波にうまく乗る。


そして過去の寵児からバトンを受け、
新鮮な寵児の息吹が時代を引っ張り、
次の寵児が現れるまでを引き継ぐ。


文学界に、
そんな新鮮な息吹を与えられる新人に、
この歳でなってみたい。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
414日目の記事である。

執筆年月日 1999・06・26
ブログアップ日 2015・06・26





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【後 述】

100円ショップも
今では108円ショップとなり
16年前の感覚とは
若干違う。


しかしながら
かなり落ち着いてきて
すっかり消費者たちの間で定着した。

ある意味で

二極化している
現代のライフスタイルを

象徴しているとも言える。

今でも我が家では
月に1度は
別に何を買うでもなく
訪れ

衝動買いをしたりする。

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気楽な稼業、果たしてサラリーマンがそうであろうか? [コラムエッセイ]




「気楽な稼業、果たしてサラリーマンがそうであろうか?」


サラリーマンは気楽な稼業として、

努力もしない、

まるでいいかげんな、

出社するだけで給料をもらえるが如く
揶揄(やゆ)されてから、


kiraku.png


約40年近くになる。


真実は、
当時のサラリーマンこそ、
良く働いたのだ。


一生懸命にやったし、
プロフェッショナルも多かったように思う。


気楽な稼業の好対照として、
モーレツ社員などという言葉もあった。


逆に、
ちょうどバブルの前後あたりに、
サラリーマンを
気楽な稼業とする人たちが多くなり、
そのまま流され、
現在に至っているのではないか。


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サラリーマンは、
本来は気楽な稼業などではないのだ。


生活費の代償に、
自分の人生を切り売りしているわけだから、
そんなに気楽なわけがない。


好き嫌いを殺して、
仕事の選択は99パーセントできず、
30年から40年働かなければならない。


自分のしている仕事が、
誰のためになっているかさえ分からず、
退職を迎える人もいるだろう。


半分以上のサラリーマンは、
自分と家族のために働いている、
というのが冷静に判断した
間違いない姿だと思う。


こういう人生を送っていると、
いつのまにか、
自分に諦めの納得を強いてしまう。


それが自然に定着し、
末期には、
これこそ私の人生だった、
と錯覚して往生する。


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自分の人生を最大限活かしたいなら、
遅くとも、
50を境に人生を変えてゆく、
というよりも真実の自己を、
顕著にしてゆく必要があるのではないか。


サラリーマンは気楽な稼業ではないし、
どんな職業にも気楽なものはない。


取り組む人の心に、
仕事を愚弄する気持ちがあれば、
いつかその人も社会から弾かれるだろう。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
413日目の記事である。

執筆年月日 1999・06・25
ブログアップ日 2015・06・25





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【後 述】

現在、
サラリーマンを気楽な稼業などと
言う人は

よほどいいかげんに仕事をしているか

生活にまったく困っていない人の

どちらかだろう。

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私小説の行方、プライバシーの侵害 [コラムエッセイ]



「私小説の行方、プライバシーの侵害」


プライバシーの侵害として、
ある作家を訴えていた、
小説のモデルになった女性が、
昨日の裁判で勝訴した。


東京地裁は、
作者と出版社に対し、

出版や演劇、
映画などによる公表差し止めと、

計130万円の慰謝料支払を命じた、
と報じられている。


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様々な意見が新聞各紙に載った。


大筋では、言論の自由だ、
モデルになった人のプライバシーを守れ、
と相反する意見で終始していた。


私のみた限り、
作家である以上
できるだけ創作物で勝負すべきだ、

というような意見は
どこにもみあたらなかった。


novels.png


創作レベルの高低を問うような感覚で、
この問題を捉えた私は生意気すぎるか。


もちろん、
私小説すべての創作レベルが低い位置にある、
といっているのではない。


作家の作業は、
意識的に潜在意識のかけらを拾い集めたり、

自分の経験を、
虚構を駆使して組み立てたり、

まったく無から虚構の構築をするもの、
とすれば、

いかに
創造力を発揮しなければならないか
がわかる。


経験をそのまま書くのであれば、
何も作家でなくてもいい。


いかに創造力を発揮するかが、
志の高い低いになってくると私は思う。


難解な漢字や文章で、
プロ受けするのが、
志の高い作品とも決して思わない。


プロといわれる連中さえも、
はなはだ志に関しては怪しいのだから。


私もこの一年は、
自分の経験を生かした小説を書いてきた。


それでもできる限り、
意識的に虚構を駆使してきたつもりだ。


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小説家の意識覚醒という点では、
今回の判決は、
非常に深い意味のあることだった、
と私は勝手に思っている。


私はまだプロではないが、
志や意識だけは
もう一端(いっぱし:一人前)だ
と自負している。


口ばかりでなく、
早く作品も一端にしたい。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
411日目の記事である。

執筆年月日 1999・06・23
ブログアップ日 2015・06・24





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【後 述】

昨今の
本ばなれは、

IT技術の急速な進歩による
影響だけとは言えない。

やはり面白い作品が少ない
ということが

最も大きな原因なのではないか。

それは読者の受け容れ体制が
多様化していることもあるが

何よりも
それらを
超越した
作品が乏しい

ということなのである。

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音楽、有形から無形へ [コラムエッセイ]



「音楽、有形から無形へ」


学生時代からバンドを組んだりして、
今でも仲間と楽しんでいる、
というようなごくまれな例もあるだろう。


music.png


しかしサラリーマンにとって、
音楽といったら、
カラオケになってしまう。


通常、他に音楽との接点を
ほとんど持っていないのではないだろうか。


歌謡曲と呼ばれた歌も、
売れていないようだし、
若い人たちの好む音楽が、
我々サラリーマンの間で
話題になることも少ない。


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私も学生時代は、
英国の4人組に傾倒した方で、
音楽関連の仕事ができたらと
思った時期もあった。


当時は、
自分でかなりの曲を作ったりもした。


先日久しぶりに、
改めて挑戦しようとしたら、
昔の作品整理に終始してしまった。


音楽など生活に必要ないし、
余裕もないだろう。


そもそも、
サラリーマンに
音楽の必要性を問うこと自体、
ナンセンスかも知れない。


テレビもかつてほど、
音楽番組は多くない。


プロの喉を聞かせるには、
少し歳をとりすぎてしまった歌手を集め、
聴く方がはらはらしてしまうような番組。


もう歌手とはいえないような連中による、
同窓会まがいの、
視聴者を置き去りにした番組。


これらを見ていると、
この国は
ここで進歩が止まっているのではないか、
という不安と腹立たしさを覚える。


公共の電波をやっつけ仕事に使うなよ、
と思うのである。


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以前は歌番組で、

「歌は世につれ、世は歌につれ」

という決まり文句は、
司会者の常套句だった。


しかし、
今はどちらも相関性が薄いためか、
少なくともテレビでは使用されなくなった。


昔から残っている歌番組は、
NHKのど自慢くらいだ。


この番組はマンネリを通り過ぎ、
寅さん映画や、
水戸黄門に似た安堵がある。


公共電波使用やむなし、
と思うのは、
単なるわが解釈の身勝手さというものか。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
11日目の記事である。

執筆年月日 1998・05・19
ブログアップ日 2015・06・23





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【後 述】

17年後の今でも
この記事の内容と
ほとんど
変わっていない。

これが
各関係者にとって
良いのか
悪いのか。



ただ
大きく変化したこがひとつだけある。

レコード、CD等
ディスクで形にもなっていた
音楽が
今は全く無形に化していることだ。


music00.png


聴きたい時に
スマホやパソコンから
音をダウンロードして
その必要を満たす。

まさにデジタルの世界である。

すべてがデジタルになってしまったら
人間も形を失い
0と1だけの集合体に
なってしまうのか?

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ワールドカップと千日解放 [コラムエッセイ]


「ワールドカップと千日解放」


昨夜、
ワールドカップの第二戦が行われた。


私はサッカーファン
というわけではないが、
テレビ観戦をした。


最終的には
第二戦のクロアチア戦も、
第一戦のアルゼンチン戦と同じように、

一点失ったのが致命傷になった。


日本はその一点が
どうしてもとれなかった。


ワールドカップにしても、
オリンピックにしても、

4年に一度のビッグイベントで、
選手はそのために
あらゆる犠牲を払ってでも、
まっしぐらに突き進む。


私の千日解放は、
それほどの厳しさはない、
とは言わないし、
それ以上とも言わない。


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たしかに千日は3年弱で、
4年よりも短い。


しかし毎日練習練習の連続だ。


毎日欠かさず「書く」練習を
しないと文章が鈍る。


スポーツ選手といっしょだ。


ある意味では
スポーツ選手よりも厳しいかもしれない。


生活を抱え、
仕事を抱え、
解放後のリスクを抱え、
臨んでいるのだから。


千日解放は、
設定された1,000日という時間内に、
何らかの形で
サラリーマンを解放させなければならない。


2,000枚以上となるであろう
原稿を活かすためにも。


私は「サラリーマン千日解放」の目安を、
次のように考えている。


1.原稿枚数が100枚前後の賞、
  もしくは賞金100万円以上の賞
  をとること。
2.年間原稿料収入が今と同じ位になること。
3.千日解放を弛まずに書き続けること。


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三条件のうち、
少なくともひとつ以上
クリアーできなければ独立できない。


千日で達成できなければ、
さらに次の千日を設定する。


サッカー選手のように、
継続して希望を絶やさないようにするためだ。


それは、
人生は長いのだから、
という発想からではない。


独立は、
私にとってはライフワークのスタートであり、

物書きは、
ライフワークの手段であるからだ。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
45日目の記事である。

執筆年月日 1998・06・22
ブログアップ日 2015・06・22





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【後 述】

今年は女子ワールドカップが
行われており、


soccer.png


日本時間の明後日
6月24日11時より

女子のワールドカップも
いよいよ決勝トーナメントに入る。

思う存分に戦って欲しい。

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ワープロ、義務教育期間中は肉筆を中心にして欲しい [コラムエッセイ]



「ワープロ、義務教育期間中は肉筆を中心にして欲しい」


今やワープロの時代。


worpro.png


職場での文書作成、
手紙類を書くのもすべてワープロ


私は年末になると、
毎年200枚前後の年賀状を書く。


一昨年まではすべて手書きだった。


11月頃から始めて、
約一ヶ月をかけて書きあげていた。


それが昨年、
パソコンを購入して最初にやったことは、
年賀状の作成だった。


たしかに、非常に奇麗な仕上がりだ。


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大変なのは、
最初に住所を入力するときだけだ。


一度入れてしまえば、
あとは、

いつでも、

寝ていても、

自動的にやってくれる。


私もついに年賀状を
ワープロで書いてしまったわけだ。


仕事関係で
多くの人が目にするような文書は、
ワープロであれば間違いは少ないし、
読み易いと思う。


小説やエッセイの原稿なども、
ワープロの方が読み易いし、
書く側にとってみれば推敲しやすい。


しかし作家によって、
それぞれ違いがあるようだ。


手書きだと、
手の動きで脳を刺激し、
創造力溢れるものが書けるから、

絶対にワープロは使わない、
という人もいる。


私はワープロがなかったら、
物書きになろうとしたかどうか疑わしい。


それほどワープロが
私に果たした役割は大きい。


あくまでも商売道具のひとつであるが、
いまでは、

ワープロなしで書くことはできないだろう。


手書きのように、
創造力を刺激するかどうかは分からないが、
良き道具であり
離せないものになっている。


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しかし、
やはり、
ワープロはワープロでしかない。


月並みな言い方をすれば、
温もりが感じられないのだ。


私は、
親しい人たちに手紙や封書を送るときは、
できる限り自分の手で書きたい。


肉筆の良さが改めて見直される時代だろう。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
44日目の記事である。

執筆年月日 1998・06・21
ブログアップ日 2015・06・21





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【後 述】

あまりにも
変わってしまった文書の世界は

もう、
手書きの良ささえも
忘れさせかねないような
勢いである。

願わくは
義務教育期間中は
肉筆を中心にして

書くための機器は
一切使わないでもらいたい

と思うのは

受け容れられないことなの
だろうか?

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