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マイスペース [コラムエッセイ]



「マイスペース」



私は休日に
かみさんとウォーキングをする。


川と、
私たちの歩く遊歩道を挟むようにして、
家が建ち並んでいる。


狭い土地に工夫して
精一杯家を建てている。


その中に細長い家があった。


正面からみると幅も広く、
大きな家に見えるのだが、
横からみると薄く、
映画やテレビのセットを思わせる家だ。


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一瞬私は、
中で生活できるのかなと思い、
ついそれを口にしてしまった。


するとかみさんは、こともなげに答えた。


「中ではそんなに感じないものよ」、と。


たしかにわが家も上棟式のとき、
〈何と狭い土地だ、こんなスペースに
我々一家4人が住めるかな〉
と思ったくらいだ。


できあがった家の中に入ると、
意外や意外、結構広く感じるものである。


基礎になっている土地の広さや、
外観が与える容積感覚を
遥かに凌ぐスペースだった。


実際、どんな大きな家に住もうと、
自分が占領できるスペース、
寝るスペースなどはたいした広さではない。


自分の部屋が3畳であろうが、
10畳であろうが、
慣れて落ち着いてしまえば、
結構居心地は良いものだ。


部屋がいくつもあるような、
大きな家の中にいても、

自分のスペースが3畳なら、
3畳1間だけの家を、
2坪の土地に建てたとしても、
基本的には変わらないのではないか。

という考えは乱暴すぎるだろうか?


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外観がどんなに立派で大きくても、
マイスペースの広さが、
自分にとって適当なのか、
狭いのか、広すぎるかが問題なのだ。


そこが、自分の生活空間であり、
創造を育てる場所だとしたら、
限られたマイスペースを
充実させることが一番重要で、
大事なことになるのだろう。


広大な1,000坪の庇護にある大部屋より、
2坪のわが土地に3畳を独立させたい。




私がこの記事をかいたのは、
15年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
837日目の記事である。

執筆年月日 2000・08・22
ブログアップ日 2015・08・23





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【後 述】


住めば都と言うが
まさにそうであろう。


どんな場所であろうと
広かろうが、狭かろうが、


肝心なのは、
自分にとって居心地がどうか

ということに尽きるのではないか。

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回覧板 [コラムエッセイ]



「回覧板」



わが町内会では、
未だに回覧板なる
情報ツールを利用している。


もちろんそれだけではなく、
年に一、二回開かれる、
会合という
口で伝えあう情報交換もある。


一区画十五軒前後であるから、
全員が回覧板の情報を共有するまでに、
一週間から十日近くかかってしまう。


長いときにはメンバーの軒数分、
日数がかかってしまう。


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私はこの地域に十二年近く住んでいるが、
今まで回覧板の情報が遅くて問題が起きた、
という話は聞かない。


つまり回覧板には、
ほとんど火急の情報や
大きな問題は掲載されておらず、
差し障りのないような情報が多い。


まれに、
大至急と朱書きされた文書が
回ってくる場合もある。


緊急の場合は
たしかに回覧されるスピードも速いようだ。


この回覧板が、
インターネットになったらどうだろうか?


もちろん前提には、
各家庭が必ずパソコンを持ち、
インターネット加入という、
最低条件を満たしていなければ
ならないことになるのだが。


果たして見るだろうか。


隣に回す責任がなくなるから、
パソコンを開くことさえ
しなくなるのではないか。


必然的に、
隣近所に対する
声の掛け合いはなくなるだろう。


核家族化して、
近所づきあいがなくなってきているとは言え、
回覧板を隣の家に届けたり、
届けられたりしたとき、
挨拶程度の言葉は交わす。


インターネットになってしまっては、
これさえもなくなる。


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要するに、
益々都市近郊の精神的過疎化が
進むことになる。


現在は会社内でも
イントラネットなどといって、
隣の人にさえ、
口伝えではなく
パソコンでメールを送っている時代だ。


精神的過疎化は
あらゆる場所で広がっている。


せめて人の感情が
少しでも行き交う物は、
残しておきたいが。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
453日目の記事である。

執筆年月日 1999・08・04
ブログアップ日 2015・08・07





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【後 述】

まさに現在は
私が危惧したような
社会になってしまっている。

人間には口が与えられている。

たしかにこの口が
わざわいのもとになることもある。


しかし、
私たちに与えられている五感を
フルに使わせていただくのが

私たちがこの世に生を受けた
感謝の表し方なのではないだろうか?

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