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解 放 感 [コラムエッセイ]


「解 放 感」


サラリーマンにとって、
解放感はどんなときに感じるものだろうか。


kaiho.jpg


広い海原を見た瞬間!?


いや、いや、
会社の終業チャイムを聞いた瞬間?


家路につくため、
もしくは飲み路につくため、
会社から外に出た瞬間?


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そうではなく、
飲み路の出発点である
酒屋の椅子に坐った瞬間?


一杯めの酒、
もしくはビールに口をつけた瞬間?


飲み始めてしばらく経ったとき?


酩酊して、酒屋の女将に起こされ、
目が覚めたとき?


帰りの電車に乗った瞬間?


電車が下車駅に到着した瞬間?


帰宅したときに、「お帰りなさい!」
を聞いた瞬間?


家で風呂に浸かった瞬間?


風呂上がりのビールを、呷(あお)った瞬間?


かみさんの料理を口に頬ばった瞬間?


すべてを終えて、やっと寝床に就いた瞬間?


休日以外には解放感を味わえない人。

いつまでたっても解放されない人。

様々である。


ごく希なケースに、
飲んだり家にいても解放感はまったくなく、
唯一、仕事をしているときにだけ
解放感を味わっている人がいる。


見ていると、
サラリーマンであることが、
その人の心を介抱しているような錯覚に陥る。


こういう人は、
サラリーマンを解放される必要は
まったくないだろう。


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いや、ほんとうは
こんなタイプが、
最もサラリーマンを解放されるべき人
なのかもしれない。


なぜなら、
人生、サラリーマンがベスト
ではあり得ないからだ。


少なくとも、
現状のサラリーマンでは
ベストとはいえない。


これに異論のある人は
それほど多くはない、
と思うのだが。


解放感を味わうことで、
人生は豊かになる。




私がこの記事をかいたのは、
18年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
33日目の記事である。

執筆年月日 1998・06・10
ブログアップ日 2016・05・31





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修 学 旅 行 [コラムエッセイ]


「修 学 旅 行」


中間テストが終わり、
しばらくしたら娘の修学旅行が始まる。


shugaku (1).jpg


娘はあまり気乗りはしていない様子だ。


息子は中学も高校も
修学旅行には行かなかった。


私は敢えて行かせようともしなかった。


私自身、いまもって
修学旅行の必要性を感じていないからだ。


あまり真剣に考えたことはないが、
修学旅行の趣旨は理解できても、
必要性は会社の慰安旅行ていど
でしかないような気がする。


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いかにも日本人らしい発想の行事だ。


節目にかこつけて何かしなければならない、
という感覚。


もう古臭いのだとは思うが、
未だに厳然として残っている。


集団で群れをなし、
名所旧跡を歩き回るのは、
離れて客観的に眺めると、
やや異様な感がする。


こんなことを書けば、
教育関係者の方々には
謗りを受けるかもしれないが、
修学旅行を延々と何十年も続けてきて、
それに代わる行事を考えた人は
いなかったのだろうか。


入学式や、卒業式は必要にしても、
修学旅行はほんとうに必要なのだろうか。


学生生活にそれほど重要な行事とは思えない。


第一、
修学旅行とは名ばかりではないか。


修学時に行ってるわけではないのだから。


高校ならほとんどの場合、
二年生のときに行く。


そんなのは単なる旅行ではないか。


本来なら三年の終わりに行くべきであろう。


それでこそ、修学旅行といえるだろう。


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子供のときから群れることを教えられ、
その中で上手に立ち回るよう強いられる。


そんな人たちが社会に出て、
サラリーマンになってゆくわけだ。


人間関係で気まずくなりたくない一心から、
厭なことでも笑いながらやる術を
身につけてしまう。


そんな自分に対する嫌悪感が、
いつからか安心感に姿を変えている。


自分でその自覚症状すらなく。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
380日目の記事である。

執筆年月日 1999・05・23
ブログアップ日 2016・05・30





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【後 述】


今は海外へ行くのが
修学旅行の定番のようだ。


shugaku (2).jpg


もうまったくもって
理解し難い行事である。

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リサイクル法 [コラムエッセイ]


「リサイクル法」


容器包装リサイクル法、
というのが、
来年、2000年4月1日から完全施行される
(この記事は17年前に書いたものである)。


recycle.jpg


私は仕事上、関連があるので、
何度か勉強会に出席したり、
説明会に行ったりした。


簡単には、
各事業者が製造している製品や、
販売している商品の、

容器や包装物が、
ガラス、紙、プラスティック素材で
作られている場合には、

算出された使用量に応じて

リサイクル費用の負担をする、

というものだ。


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この法律ほど押しつけがましい法律はない。


企業の責任ですよ、
きちんとやってくださいね、
決められたように金を負担してくださいね、
と要求しているだけで、

基準になることは、
ほとんど決まっていない。


事業所でごみとして排出するものや、
家庭で排出するものによっても、
負担率は変わってくる。


各企業が、
どれくらい使用していて、
負担率をどのように決めるべきか等、
基本になるべきルールが
まったく決まっていない。


それどころか、いまごろになって
使用量の調査をしている始末だ。


2000年問題にしてもしかりだが、
こんな役所の怠慢は、
お役所仕事だから、
ではすまされない。


それにしても、
なぜに各企業のトップたちは、
こんなていたらくなやり方を黙っているのか。


日本の財界人はおとなしすぎる。


省庁も、
もう少し真剣に取り組んで欲しかった。


もっと勉強して欲しかった。


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担当係官が説明会出席者たちからの質問に、

「もう決まったことですので
何しろやってください」、

という答弁しかできないのでは、
何をか言わんやだ。


そんな説明で
納得できるはずがないではないか。


こんな行政が横行している内は、
日本の経済も
回復するまで時間がかかるだろう。


もう役所任せ、
他人任せにはできない。




私がこの記事をかいたのは、
17年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
385日目の記事である。

執筆年月日 1999・05・28
ブログアップ日 2016・05・28





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【後 述】


20年近く経ても
相変わらずの行政である。


個々に見ると
以前よりも悪化している部分も
あるくらいだ。


このことは私たち有権者にも
大いなる責任があると言えよう。


間もなく大きな選挙も控えているので、
有権者の代弁者としてだけではなく
有権者の代行者として働いてくれる候補者を

私たちは吟味して選ぶ必要がある。

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家  庭 [コラムエッセイ]


「家  庭」


家族――かみさん・息子・娘・母・父――。


昔の大家族と違い、
現在の家族は都会に限らず、
核家族が多いと思う。


katei.jpg


サラリーマンの男性にとって、
家庭は一国一城の主になれるところであろう。


また、唯一気の休まる場所でもある。


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家庭は、その構成メンバーである
家族を抜きにしては語れない。


子供はある年齢に達すると、
親ばなれしてゆく。


ごく自然な現象ではあるが、
親にとって、
子供はいくつになっても子供であり、
心配するのは致し方ないことであろう。


ただ、いつまでも子ばなれできないと、
自分自身も自立できなくなってしまう。


サラリーマンから解放されたいと願うなら、
子供からも解放されなくてはならない。


解放されるというのは、
取りも直さず自分のために生きる、
ということに他ならない。


サラリーマンから、子供から、
そして親からも解放されて、
ライフワークを見つけ、
まっしぐらに進んでゆく。


がむしゃらではなく、
計画的に、
自分のペースを考え、
弛まぬ持久力と実行力で突き進んでゆく。


あいつにできて、
私にできないことはない。


私にできて、
あなたにできないこともない。


たった一度の人生に、
何をためらう必要があろうか。


家族とのえにしは、
切れるものではないかもしれないが、
過度の干渉を互いに避けることはできる。


それぞれ自分の人生がある。


それを理解できなくても、
互いに認めあう距離感があれば良い。


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自分に独立精神がないと、
他人の独立を認めることもできず、
トラブルの原因になるだけだ。


一人でも生きられる精神力を養うことこそ、
独立の第一歩だと思う。


そして、かみさんが一緒にいてくれれば、
鬼に金棒だと思っている。




私がこの記事をかいたのは、
18年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
19日目の記事である。

執筆年月日 1998・05・27
ブログアップ日 2016・05・27





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【後 述】


やはり、
かみさんが一緒にいてくれることほど
頼りになることはない。


fufu.jpg


かみさんも
旦那がいてくれることほど
頼りになることはない、

と考えていてくれれば、
もうこれ以上のことはないのである。

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頭 痛 [コラムエッセイ]




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
737日目の記事である。

執筆年月日 2000・05・14
ブログアップ日 2016・05・14






「頭 痛」



今朝から頭痛がしている。


headache1.jpg


最近、風邪をひいているのか、
軽い頭痛のときがある。


まあ、50年
身体を酷使してきたのだから致し方ない。


今年から人間ドッグに加えて
脳検査もすべきだろうか。


これは生理的な頭痛だが、
ストレスや精神的な頭痛、
頭の痛い種もある。


headache2.jpg


こういうじわじわした慢性頭痛が、
人間の寿命をゆっくりと、
蝕んでゆくのだろう。


などと書いていたら、
娘が階下から上ってきて、
「小渕首相が亡くなったって。
テレビでテロップが流れたよ」
と伝えにきた。


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このところ
まったく報道が途絶えていた小渕さんが、
まだ若いのに亡くなってしまった。


政治家としては若かった。


まさに本日タイトルの、
軽い「頭痛」が
毎日続いていたのかもしれない。


脳梗塞で倒れたのも、
それが引き金になって亡くなったのも、
日々の無理が、
長い年月には大きく影響した結果なのだろう。


私がまだ身体ができていなかったころ、
頭痛が続いたことがあった。


これは身体が大きくなるとき、
関節がギシギシ痛くなるのと同様、
脳細胞がどんどん発達する幼少期は、
軽い頭痛が短期間続くのだと、
ずっと信じていた。


確かめたわけではないので、
真偽のほどは定かではない。


しかし、50をすぎたら変な頭痛、
すなわち風邪でもなく、
原因がはっきりしないものに関しては、
大いに注意すべきだろう。


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心と肉体を、
別々に分けることはできない。


しかし、
脳が双方を司る中枢であることは
わかっている。


そういう意味からも、
首より上の異変については、
特に気を遣わなくてはならないのだろう。


作家という仕事は、
頭さえボケなければ死に際までできる。


しかし身体はまともでも、
頭がおかしくなってしまったらアウトだ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
737日目の記事である。

執筆年月日 2000・05・14
ブログアップ日 2016・05・14





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【後 述】


小渕元首相が官房長官時代に
昭和天皇崩御に伴い
元号が「平成」に代わったことを

その文字を示して公表されたのを
昨日のことのように覚えている。


もう既に28年を経ている。

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異 常 天 気 [コラムエッセイ]

「異 常 天 気」


最近、異常天気が続いている。


いまの時期、
日中の温度が30度を超えた日など、
過去に私は知らない。


ijoyoki1.jpg


今は未だ5月なので、
だいたい2ヶ月先の天気だ。


台風もすでに発生しているし、
先日は、
千葉でゴルフボール大のヒョウが降った。


直撃を受けた民家の窓ガラスは、
ほとんど粉々に割れたそうだ。


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考えてみれば
人間なんて弱いもので、
大自然の猛威にはひとたまりもない。


どんなマッチョマンでも、
風や水の力には勝てない。


どんなに情熱家でも、
灼熱の太陽の燃え盛る火には勝てない。


どんなに知恵者でも、
突然発生する竜巻の気まぐれには勝てない。


ましてやこの異常天気には、
どんなにやりたい放題な奴でもかなわない。


人間はときに、
文明が進み、
自然に左右されず生きているような
錯覚を起こすことがある。


しかしまだまだ、
生理的にも、
物理的にも、
精神的にも、
あらゆることに、
自然の影響を受けていることが多い。


私たちの身体は現金で、
天気の良し悪しが体調に大きく影響する。


通勤途上、
目をやる空が
爽快な青空なのと
曇天では、
どちらが良いかは明らかだ。


しかし大自然の営みは、
そんなことにはおかまいなしだ。


人間の都合で
天気の良し悪しを決めているのではない。


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それを無理矢理
人間様が暮らしているのだからと、
都合の良いようにしようとしても
土台無理だ。


地球という恵まれた星に住めるのを、
誰よりも人間は感謝しなければならないのに、
逆らおうとさえしている。


自然の営みを乱されれば、
異常になってくるのはあたり前だ。


もう思い上がるのはやめたらどうだろうか。


自然と共存すべきだろう。


どこまで行けば、
人間は満足できるのだろう。


恐ろしい限りだ。




私がこの記事をかいたのは、
16年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
750日目の記事である。

執筆年月日 2000・05・27
ブログアップ日 2016・05・04





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【後 述】

この記事を書いてから
もう既に16年を経ている。

自然は益々猛威をふるっている。

私たちが文明の利器を
これしかない、
と言って使うのではなく


ijoyoki2.jpg


もっと自然と融合した利器を
開発できないのだろうか、
と考え直す時期に
疾(と)うの昔に来ていることに

未だに人は気づいていない
のだろうか?

いや、気付いてはいるのだ。


ijoyoki3.jpg


しかしそれを実際の生活の中で
活かして行く勇気がないのだ。

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結婚は接ぎ木(つぎき) [コラムエッセイ]

「結婚は接ぎ木(つぎき)」



私たち夫婦は現在、
結婚20年目(2016/05/02現在38年目)になる。


25.jpg


先日かみさんが、
「結婚は接ぎ木みたいなものよね」
と言った。


根を持つ台木である新郎に、
接ぐ芽や枝になる
接ぎ穂である新婦が賭接(とつ)ぐ、
というわけだ。


結婚はいわば賭けにも似ているので、
賭接(とつ)ぐ、と書いた。


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かみさんは続けた。


「接ぎ穂は台木から養分を吸収し、
子である実を結ぶ。
養分が少なかったり、
合わなければ下痢をしたり、
接ぎ穂に悪影響を与えるものであれば、
腐ったり、極端な場合は
死んでしまうだろう」、と。


なぜこんな話になったかというと、
私たち夫婦も色々あったが、
20年間互いに感謝できる日々を送れたな、
根本的な価値観が同じだから
ここまでやってこれたのだ、
という会話からだ。


もし、
私とかみさんの価値観が甚だしく
違っていれば、
そうはいかなかったろう。


私は安物衣料で満足できるのに、
かみさんはブランド物ばかり
購入していたり、

かみさんは家庭料理を
美味しく作ってくれるのに、
私がグルメ思考で
外食ばかりしていたら、
うまくはいかなかったろう。


要は、根っこから吸い上げる養分、
つまり価値観が
同じ物を受け入れられたから良かったのだ。


どんなに喧嘩しても、
根底にある価値観が同じであれば、
それは単なる戯れにすぎない。


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接ぎ木されたあとは、
花咲かせ実を結び、
太陽に向かってすくすくと、
互いに成長してゆくのみだ。


台木は広く大地に根を伸ばし、
新しい養分を見つけ吸い上げる。


接ぎ穂はさらに成長し続ける。


大地を潤す水や養分を絶やさないよう、
夫婦でも互いに切磋琢磨する関係を
作っておくべきだろう、
と私は思う。




私がこの記事をかいたのは、
18年前のことである。
当時サラリーマンであった私が
作家を目指し書いた
「サラリーマン千日解放」
というコラムエッセイの
10日目の記事である。

執筆年月日 1998・05・18
ブログアップ日 2016・05・02





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【後 述】

この記事を書いてから
もう既に18年を経ている。

現在は38年目に入っている。


38.jpg


いくつになっても
お互いが養分を摂取している地が
同じ土壌ならば
何があっても大丈夫である。

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